ショートショート 『絆創膏』

なんの衝撃なのかは分からない。
だが、現実での衝撃ではないということと、その衝撃を自分で作り出していたということだけは分かった。
気がつくと、目の前には、白い天井があり、白いシャツに身を包んだ自分がいた。
誰が見ても清潔だと思うような白い空間の中で、ありもしない花のほのかな香りと、それに混じった、薄いアルコールの匂いが、漂ってきた。
右にある窓には、近くの学校が映る。
今頃は、学校に行く支度を始める頃か、それとも、まだ寝ている人もいるかもしれない。
真っ白な空間に閉じ込められた自分を外の生き物と比べることが、起きてからの日課だった。
彼らは、先生に勉強を教えてもらう。
僕は、チャイムに耳を澄ます。
彼らは、好きな人と手を繋ぐことができる。
ここからは、それを見ることしかできない。
彼らは、友達と遊ぶことができる。
彼らは、給食をみんなで食べることができる。
彼らは、、。
この白い部屋には滅多に人は来ない、家族以外で、ここにくると言えば、
そんなことを思っていると、ドアがノックされた。
「おはようございます。Yさん、体調はどうですか?」
このMさんくらいだ。
今日は、計画の実行日だった気がする。
その計画を実行するには、今日が最高のタイミングなのだ。
「おはようございますMさん、お願いがあるんですけど、僕とデートしてくれませんか?」
「分かりましたよ、今、準備しますからね」
にっこりと笑ったMさんは、僕を運ぶための乗りものを取りに行った。
Mさんが部屋から出ると、枕の下に手紙を隠し、引き出しから取り出した、白いハンカチをポケットにしまった。
病院の廊下を進んでいると、自分が小さく感じられる。
いまだに慣れていない。
今までは、腰の曲がった年寄りのつむじしか見えておらず、そんな表情をしているのかが疑問だった。
すれ違う老人のの顔が案外、明るかったというのが救いだったのかもしれない。
すれ違った老人のKさんに会釈をすると、Mさんの声が聞こえてきた。
「私とで良かったんですか? Tさんとの方が年齢が近いのに」
「Mさんをデートに誘ったんですよ、特に笑顔が素敵ですし」
顔を見ようとしたが、僕の首の角度にも限界がある。
車椅子の取手に乗っかっている、親指に言うしかなかった。
屋上に着くと全身に太陽の光を浴びた。
久しぶりの太陽の匂いに懐かしさを感じた。
そして、髪が、激しくなびくほど風が強く吹いていた。
タイミングを見図らった僕は、ポケットからハンカチを取り出した。
「あっ」
反射的にMさんが、車椅子から離れ、その隙に車椅子の舵をとった。
1週間前に来た時、緩んでいる柵を見つけたのだ。
その柵へ向かい、全力で車輪を回した。
僕に後悔はなかった、大好きなサッカーを考えていると、悔しさで目が熱くなっていった。
それでも、目を抑える暇はなかった、いち早く、柵に向かわなければ、Mさんに追いつかれてしまう。
柵まで、残りわずかというところで、遠くからMさんの声が聞こえた。
「Yさん、ちょっと!」
息が荒くなる。
最後にサッカーをした時もこんなに息が切れていたな。
懐かしさを感じていた。
柵まで、あと少しというところで、車いすが、後ろに転んでしまった。
「くそっ」
痛みなんてどうでも良かった。
倒れた車椅子から上半身を引きずり、柵へ手を伸ばす。
目の前にいるMさんの顔を見ることができなかった。
柵を掴む前にMさんに捕まってしまったのだ。
「出血していますね、絆創膏貼りますか?」
よく見ると、右膝が赤く染まっていた。
「いや、いいです。痛くな、、」
綺麗な音だった。
どうやらMさんの手が僕の頬を打ったようだった。
「絆創膏を貼らないと、バイ菌が入って、足を切ることになりますね」
看護師は、涙目のまま、倒れた僕を起こして抱きしめた。
「大好きなサッカーができないのは辛いですよね。あなたが毎日窓の外を見ていたのを知っていますよ。でも、あなたには、大切なものが残っているはずです」
温かいのは、天気が良かっただけかもしれない。
だが十分だった、その温かさに全身の力が抜けていった。
それは、僕の固まった筋肉が溶けていくようだった。
「涙を自分の手で拭くことができない患者さんもいるんです、家族に言葉を伝えられない患者さんもいるんです」
耳元では、優しい声が鼓膜を揺らしていた。
それと、同時に温かい手、頭と背中をさすった時、言葉が溢れ出していた。
心の栓が抜けた音が聞こえた。
「本当は、悔しいんです、、。
大好きなサッカーをできなくなったのは、自分のせいです。
でも、あいつらは、ああやって、普通に学校に行って、笑って、、
僕のせいで、負けたと言って、みんなが、、」
自分のせいだった、大事な試合でミスをして、その次の日に学校に行くと、誰も口を聞いてくれなかった。
「なんで、あいつ普通に学校来てんの?」
「あいつのせいで、負けたんだよ」
本当は聞こえないはずの声までも聞こえるようになっていった。
「親として、恥ずかしい」
「産まなければ良かったわ」
Mさんの手は、優しく僕を撫で続けている。
「気が付いたら、病室にいました。足を何度叩いても、何度つねっても、何も感じなかった。先生に聞くまでは嘘だと信じたかった。
それと先生からは、僕が飛び降りを図ったということ聞かされました。
驚きましたが、そんなことよりもサッカーができないことが何より辛かった。
あれから、よく夢で見ます。
関節があちこちに曲がり、地面に倒れている僕をみんなが指差して笑っているんです。
毎日、毎日そこに僕が落ちていき、積み重なっていくんです、、」
Mさんは、頷きながら話を聞いてくれた。
病室に帰るとMさんに絆創膏を渡された。
「少しは、スッキリしましたか? 怪我を治すだけが、病院ではないんですよ」
Mさんは、ゆっくりとした口調だった。
「どんなことがあっても自分のことは、大切にしてください、一人だなんて思わないでください」
病室を出ていったMさんは、笑顔を作っていたが、声が少し暗かった。
部屋で一人になると、自分の膝に絆創膏を貼ることにした。
ズボンを捲ると、たくさんの古傷が見えた。
すねについていた、古傷を見て、家族を思い出した。
父と練習した時についた傷、大会で怪我をした傷
たくさんの思い出と、母が貼ってくれた絆創膏、記憶が溢れてきた。
僕は、枕の下に手を入れ、手紙を取り出すと、ゴミ箱へと捨てる。
新しい紙を取り出すと、感謝の手紙を書くことにした。
父と、母と、そしてMさんに。
ゆうらいふをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。







