落とし物

私の脳内

物が落ちていて、それを誰が落としたのか、誰が捨てたのかを考えることがあった。全ての物に対して反応するわけではなくて、例えばそれに気になる特徴があったり、違和感を感じた時に考える。
ある時、道の駅の駐車場を歩いていると、そこに透明なプラスチックの蓋が落ちているのを見つけた。恐らくそれは、コンビニやスーパーで売られている類のありふれた弁当の蓋なのだが、ソースが付いていたりしているわけでもなく、綺麗な状態で放置されていることに違和感を感じた。近くに人がいるわけではなかったのでどこかから風で飛ばされてきたのかもしれないと思った。屋台で何か焼きそばなどを客に提供している人のそばに置いていた蓋が、気付かぬうちに飛んできたのかもしれない。もしくは、誰かがベンチに座り、弁当を食べている時に強い風が吹き飛んでいったが、追うのを諦めたのかもしれない。だとすれば、それは白髪頭のゆっくりと歩く老人ではないかと思った。
そこまで考えると、私にはそれが急にどうでもいいことのように思えてきた。視界に蓋が入った時から、それをまたいで通りすぎるまでの暇つぶしに過ぎなかったのかもしれない。

またある時、家の前の側溝にピンク色のスーパーボールを見つけた。目が二つ付いていて、ぷよぷよのキャラクターのようにも見えた。誰かが落としたのだろうと思ったが、それは子供の持ち物のように見えたため、子供が少ない私の地域では、見当がつかなかった。また、かなり汚く、泥がついていた。手にとってみると、野球ボールよりも少し小さいくらい、スーパーボールのくじで2等の穴に入っていそうな大きさだった。そして、私はそれになぜか既視感を感じた。どこか遠くへ向かって投げたのだが、私がまだ子供の頃にも同じようなことをしたことがあるような気がしてならない。それは私の持ち物だったのではないかと思った。だとしたら、外で遊んで無くしていたものが偶然、10年以上経って発見されたということになる。私は子供の頃もこうやって、山に向かって投げたのかもしれない。まだ、新しく綺麗なスーパーボールを、それを投げて見つけることができる自信があったのかもしれない。探した結果、見つからなかったスーパーボールはそれを探すことをやめ、無くしていたことを忘れたころにふと、出現した。だが、今回は、見つけられる自信があった。私は、自分が投げた方向を確かめ、確実な一歩を踏み出した。


ゆうらいふをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

私の脳内

Posted by yuuya yamaguchi