アナグマ

アナグマと聞くと、真っ先に思い浮かぶのが将棋の囲いの一つである“穴熊”なのだが、今回私が触れるのは動物の方の『アナグマ』である。アナグマと聞いてもほとんどの人がピンとこないだろう。私も「アナグマがかかっている」と祖父に言われたが、『アライグマ』のような生き物を想像していたし、実際に『アライグマ』がかかっているのだと、ずっと思っていた。
アナグマを見に行くと、それはたぬきのように丸々と太り、尾にしてもたぬきのようなもふもふとしたものが生えていた。全体的にきつねのような黄土色だったのだが、顔と手は黒い毛で覆われている。熊のような鋭い爪が生えた手を持っていた。顔は鼻先が尖っていてきつねのように見えた。様々な動物を混ぜたような姿形をしていたと思う。私が近づくと警戒心を露わにしていた。歯を剥き出しにし、「シャー」という鋭い威嚇をする。手にワイヤーの罠が巻きついているから私の方までは来れない。それでも飛びかかってきそうな威嚇に私は後退りをしてしまった。
3日ほど前に様子を見に行き、今日の朝、そして夕方に見に行った。ベトナム人が食べると言うので、そのままにしているようだが、ベトナム人はなかなか現れない。そして、日に日に弱っていくアナグマの様子を見ていると、私は胸が痛かった。警戒心をむき出しにするのは相変わらずなのだが、眠たそうにふらふらとしていて、それは何も口にしていないのだから当然だった。どうせなら、逃すか殺すかした方がいいのだろうが、私にその選択は選べなかった。そして、きっとそのアナグマはもう、もたないだろうと思ったから。逃すか、死ぬのを待つかになると思う。ワイヤーが手首に食い込んで指先がパンパンに膨らんでいるのは、血が止まっているからできっと壊死しているのだと思う。逃すのであれば、頭を棒で叩いて気絶させ、その隙にそのワイヤーを外すというのが思いつくのだが、弱っている状態で頭を叩いては、もしかしたら死んでしまうかもしれないと思った。私が決断をしないから、こうして中途半端に捕えられているのかもしれないが、どの選択も私は選びたくなかった。
今日私は食べ物を持って行った。「食べ物は要らないから、逃してくれ」とアナグマは思っているのかもしれないが、弱っていくスピードを考えると明日には死ぬだろうと思った。弱っている状態で頭を叩きたくはないし、私は自分が何か良いことをした、ということにして終わりにしたかった。私が餌をあげたところで何も解決しないのは分かっている。だが、罠にかかったアナグマを見に行き自分の世界にアナグマを連れ込んできてしまったのがいけなかった。自分の世界の外では多くの命が残酷に奪われていると思う。私たちは見えていないだけで、どこかでそれが起こっていることを知っている。だが、それはどうしようもないことで悔いたところで意味がない。だから自分の都合のいいように終わらせたかった。餌を与えることが優しさではないことを知っている。希望を与えてしまっていることを知っている。しかし、やはり私にはこうするしかなかった。
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