卵を孵化させたい男 第二十四話 「ありがとう」

25日目
少し雨が降っていた。
雨は嫌いではなくどちらかというと好きな方だったのだが、気分が乗らなかった。
小さなスコップと、カッターを持ち、墓へ向かう。
卵を埋めるためのスコップと、カッターは卵を切るためだ。
初めは、墓石に卵を当てるようにして割ろうかと思ったが、それが罰当たりのような気がしたので、カッターで切ることにした。
切る理由は、生まれてくるはずだった命に外の空気を吸わせてあげたいというものだ。
実際に卵には、小さな穴が空いていて、空気を吸っているのだが、それでは吸っているうちには、入らないと思った。
穴を掘った場所は、昔飼っていたハムスターや犬を埋めた場所だ。
そこには蟻が湧いていたが、気にせずに穴を掘っていった。
よく分からない植物の根が気になったが、スコップで掘っていった。
昔ハムスターを埋めた後にひまわりが咲いたこともあったし、筍が伸びていたこともあった。
動物の栄養を吸って、植物が育つ循環が残酷でもあり、美しかった。
とはいえ、そのひまわりや筍はそこに生えるべきではなかったので、すぐに掘り起こして捨てた。
カッターで卵に切れ込みを入れていくと、中には膜が張ってあった。
ゆで卵を剥く時についているあの膜だ。
半分まで、少しずつ割りながら剥いていったが、途中で膜が割れてしまった。
中からは、黄色い色の液体が流れ出たが、匂いはしなかった。
液体を穴の中に流し込むと、卵の底に黒い塊を発見した。
それが、生まれるはずだった命だ。
目のようなものがあり、小さな赤い血管が通っている灰色とピンクの塊だった。
何が悪かったのかを頭で考えたが、その考えはその場には合わないと感じた。
卵から塊を取り出すのには、少し抵抗があったので殻に入った状態で穴の中に入れることにした。
土をかけ、穴を塞いでいく、最後に墓石のようなものを立てようと思った。
近くに羽根のようなものが落ちていないか探したが、諦めた。
手を合わせると私は、いつも通りの癖が出てしまった。
手を合わせる時間が分からない私が、心の中でカウントをする。
祖父に手を合わせる時は、心の中で、最近の報告と頑張りますということを伝える。
伝わっているとは、思っていないが、手を合わせてすぐに立ち去るというのは、なんだか違う気がする。
せめて、5秒のカウントと決めてカウントをすると、それらしい時間になる。
何もないところに声をかけたり、気持ちを伝えるというのは、意味が分からなかったが、意味が分からなくていいのだと思った。
実際にどうであれ、信じることが大切なのだ。
卵に手を合わせて、心の中で起こったカウントを中止し、言葉をかけてあげることにした。
気が付いた時には、もう5月は終わる。
出会えてよかったと思った。
他の人からすれば、ただの黒い塊かもしれないが、私にとっては、一ヶ月間の思い出そのものだった。
手を合わせ、ひとこと言うと、そこから離れた。
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