卵を孵化させたい男 第三話 育てられる

4日目
昨日は、祖母の家で食事会をした。
話数と日数がずれていると違和感を感じる。
祖母が食事会を開く理由は、孫や娘などで集まり話をするためだろう。
大人たちと食事をして食べ物を味わうことは、ただの副産物であり、思い出話に花を咲かせるというのが、本当の目的だと思うようになった。
私が、生まれたのは夜で大雨が絶えず地面を打っていたらしい。
祖母と私の両親が、私の生まれた日のことを話していた。
昔は、なんとなく聞いていた話も自己分析の一環として聞いていると興味が湧いてきた。
熱を出すことが多かった私は、夜中に病院に連れて行かれることも少なくなかった。
よく風邪を引き、寒がりだった私に母親はジャンパーを着せて寝かせていた。
私の覚えていない部分に映り込む両親は、とても良いものに見えた。
両親は、私を心配し、愛情を与えてくれた。
だが、私は、次第に両親との間に溝を感じ始めた。
愛情なのか分からないが自分の自由を縛るものに見えた。
私にとっては鬱陶しいものでしかなく、自分の選択全てを決められているような気がした。
無意識下で自由を望んでいた私は、狭まっていく選択と押し付けられるものに失望していった。
両親は仕事をしながら私を育ててくれた。
時間を犠牲にして、他人に尽くすということがどれだけ大変かを社会に出てから知ることになる。
頭のどこかで、親が、子を育てることは当然だと思っていた。
児童虐待のニュースを見るたびに疑問を感じ、親が片親というのもほとんど耳にせず、異常なのだと思っていた。
子のために居場所を与え、食事を与えることは当然だと思っている自分がいる。
この人たちは、遺伝子を繋ぐために子供を大切にしていると考えた時、子に服を与えることや食べ物を与えることなど全てに意味が生まれた。
意味を考えてしまうと、その器に都合の良いものがはまった時にそれに囚われてしまう。
その結果、自分の視界に映るものが下らなく見えてしまうというのが、好奇心と引き換えに私が失ったものだ。
私は感謝をすべきなのだろうが、感謝の言葉を簡単に吐きたくないと言い訳している。
そうしていると、伝えられる時間がどんどんと減っていく。
1日、また1日と。
何も感謝を伝えられずに終わってしまった時に私は、何を考えているのか。
それを想像することが多い。
卵を拾って三日目になるが、どんな状態なのかを知る術はない。
鳥が生まれてくるかもしれないが、無精卵であれば、なんの意味もない。
私にとっての最低限は、子供に居場所を与え、服を与え、食事を与えるといったことだ。
卵であれば、温めることだ。
私に子供ができた時に、温める以外のことができるのか不安になり、望んでいるのかどうかを考えずに拒否する選択をする。
最低限の面倒を見れば、生まれ、育つが、何かが欠けている気がする。
卵を温めながら寝ることは、愛情なのかもしれないが、温めるといった義務感を感じているだけなのかもしれない。
私も鳥のように機械的な動作をしているだけなのかもしれない。
卵の冷たい部分を順番に感じているだけなのかもしれない。
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