卵を孵化させたい男 第六話 変化を感じる

7日目
今日で一週間経ったところでようやく変化が訪れた。
卵にスマホのライトを当てた時、中に小さな赤い線を発見した。
その時、卵を温めていたことが報われた気がした。
卵を温め、何も起こらなかった一週間は、正解かどうかが分からずにいた。
何も起こらなければ、失敗で何か起これば、成功。
目に見える変化を体感し、それがただ嬉しかったと思う。
孵化するということが完全に決まったわけではないが、その細い血管を見たときに少し気が楽になった。
温めていることに意味があると知れただけで十分だった。
なんの目的もなく掘っていた穴が、いつしか深くなり、中に草を入れることにした。
無造作に刈り取られた草は、茎が折れ曲がり、根から引きちぎられているものもあった。
その草たちを刈ることに意味があるとするならば、目的もなく掘られた穴を埋めるためだったかもしれない。
花だったら、刈られなかったかもしれないが、草というだけで十分に感じた。
卵に血管を見つけたのは、夕方。
私は、昼間なんとなく穴を掘ることにした。
家の近くに生えていた筍を掘り、その近くにある竹の根がどうなっているのかが気になったのだ。
穴は、ショベルが縦に一本ほど入るほど深くなった。
初めは、竹の根を見るために掘っていたその穴も途中からは、なぜ掘っているのかが分からなくなっていた。
私は、その穴に雑草を入れることにした。
植物学者によると雑草という言葉は存在せず、名前の分からない植物全てをまとめて雑草と称しているらしい。
私にとっては、雑草は雑草であり、名前を与えるなら雑草で十分だと思った。
雑草を刈っている時に小さなカマキリを発見した。
5mmくらいだった。
そんな小さなカマキリを見るのが、初めてだった私は、手に乗せてしばらく遊んだ。
この個体もハリガネムシに侵されているのかを考えた。
虫は気持ち悪く怖いという印象が抜けない。
だが、その小さなカマキリをみていると、虫に持っている印象を忘れてしまいそうになる。
自然の中で当然のように生きている虫。
すぐに死んでしまう虫も山ほどいると思った。
卵を温め始めた私の中には、慈愛というものが湧き上がってくるようだった。
生き物は全て奇跡の結晶だと思えた。
生きていることが当然だと思うのは、死を意識できていないからなのだろう。
生きていることは、運がいいだけでいつでも、死ぬ可能性がある。
希死念慮のようなものが、どこからか漂ってくる。
地面を張っている虫でされ、生きることを選択している。
私は、生きることにそこまで執着している虫が羨ましかった。
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