第八十六回 個人的な今週のエッセイ R7.11/30-R7.12/07

お品書き
藤本タツキ
「チェンソーマン」の作者、藤本タツキさんの作品がprime videoであった。確か「17ー26」だった気がするのだが、以前から気になっていたので試しに一つ見てみた。「庭には二羽ニワトリがいた。」という作品である。めちゃくちゃ面白い作品だったのでぜひ観てほしい。
秋田旅行
今日は割と忙しかったのと、明日は早いので文章が短いかもしれない。というのも計画していた秋田旅行は月曜からの3日間になっている。今週の月曜日にじゃらんで予約をした時、2泊できるところがそこしかなかった。冬はやることがないから、まあいいか、ということですぐに予約をした。1泊一万円ほどで、食事が朝と晩についている、そして乳頭温泉郷の宿だから温泉を楽しむことができるので最高ではないか、ということで予約をした。旅行の準備をするのにリュックがなかったから今日は夕方にリュックを買いに行き、寝巻きを持っていくのかどうかを調べていた時に予約した旅館のレビューを調べた。そこには『女将がめちゃんこ怖い』というものがあった。『濡れた折り畳み傘を靴箱に入れたら30分説教された』という書き込みがあり、私はそのレビューを見たことを後悔した。旅行気分で楽しみたいのに、ビクビクしながら、言葉を選んで、行動に気をつけなければならない、そう思っていると、何だか叱られにいくような気になってくる。温泉は良いと書いてあったのが救いだが、そこに2泊するので、やはり少し緊張している。
芥川賞読み
私は夜に本を読むことが好きだ。2週間前に借りた本を返して、そしてまた図書館から別の本を借りた。私は純文学が好きなので芥川賞の受賞作品を何冊か借りたのだが、図書館というのはそういった作品を探すのに便利である。芥川賞受賞作品といえども書店に揃っていることは稀で、置いてあったとしても、有名どころばかりである。だが、図書館は、ほとんど全て揃っている。そして、その全てを無料で読めるというのが図書館の最大の強みである。今回私は合計8冊借りた。カードを読み取った時、累計で読んだ本が900冊になっていた。子供の頃からの記録だから、きっと「かいけつゾロリ」や「怪談レストラン」なんかも入っていると思う。中学生、高校生になってからはほとんど小説を読まなかった。図書館に通い出したのが1、2年前からだから、その時からの合計は100冊くらいにはなっているかもしれない。
明日から来なくていい
「明日から来なくていい」で今週のエッセイを締めようと思う。
「明日から来なくていい」という言葉を知っているだろうか。この言葉を言われたことがない人なんているのだろうか、と思ってしまうほど、この言葉は怒られる時によく聞く。私は今までに2回、ガチ説教での「明日から来なくていい」に関する強い記憶がある。小さい「明日から来なくていい」もあるが、ガチ説教の時に比べたらないに等しい。合計で何回言われたのかは覚えていないが、10回以上は言われているのかもしれない。少年野球をやっていた時にも何回か言われた気がする。私個人に対してと、チームに対してだ。私は個人よりもチームに対してのを先に知っていたので、「明日から来なくていい」への正しい対処法を知っていた。私は野球が好きではなかったので、ラッキーという感じではあったが、親が怖かったので「やらせてください!」と鼻水を垂らしながら、全力で訴えたことがあったような、ないような。
「明日から来なくていい」というのは、どんな意味かというと「君は明日から来なくてもいいくらいの大きなミスをしたのだから、しっかり反省しろ」ということらしい。「明日から来なくていい」という言葉には見えない言葉つまり「くらいの大きなミスをしたのだから、反省しろ」が隠れている。私はこの言葉を初めて言われた時、よく分からなかったことを覚えている。そして、この言葉の隠れている部分を知らないで使っている人は本気で、「帰れ」というニュアンスで使っているのかもしれない。
大きな、「明日から来るな」を初めて言われたのは、中学の部活の時だった。「派手な屋内シューズを履くな」という顧問がいて、私はどうしても欲しかったシューズが派手であることを承知の上でそれを履いて部活に出た。「あれアウトじゃね」的な目線が他の部員から捧げられたが、私は履きたいものを履いてはいけない理由が理解できない。(今思えば我が強かったのだろう。)という感じで、開き直ってさえいた。顧問が現れ、挨拶があった。その時、顧問の鋭い目線が私の足先を一瞬だけ突き刺した。私は、その時、ああ終わった、と思った。部活が始まり少しすると、廊下から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。ついて来いとも言われず、私はその顧問の後ろに続き、電気の付いていない暗い部屋へ入った。その後の尋問は覚えていないが、「舐めているのか」「ふざけているのか」的なことを言われたのだと思う。顧問は私の胸ぐらを掴み、その部屋の壁に押し付けた。その後、顧問は壁を強く叩き、私に「もういい、お前は明日から来るな」と怒号を浴びせた。その後沈黙があり、私は考えていた。明日から来るな? は? そして小学生時代の野球での出来事を思い出した。「やらせてください」「お願いします、やらせてください! すみませんでした!」顧問は「お前には期待している」と言い、自分の体罰を黙っていてほしいとでもいうように優しくなった。部屋から出ると、部員がいつも通り練習をしていた。「どうだった?」「どうだった?」と部活終わりに言われやばかったと返した。その後、同じ顧問に別な理由で同じように怒られた時にも私は同じように返した。「やらせてください」「お願いします! すみませんでしたー!」
大きな「明日から来るな」よりは小さいかもしれないが、中学の時の熱い「明日から来るな」を割と好んでいた。「明日から来るな、もうやめろ」と言われると「やりたいです!」と言いたくなった。私が天邪鬼的な素質を持っているから、相手の意に反した行動をしなくなってしまう、いわば病気のようなものかもしれない。そして、高校に入ると私は理性的になっていた。なぜ、部活をしなければならないのか? そもそも通学がチャリで10k mなのだから、それで十分なのではないか? と思うようになっていた。中学の時に熱を入れてやっていた部活を高校になってからもやったが、私はガチが嫌いだった。楽しんでワイワイやりたかった。ガチでやって悔しがって、人に辛く当たる人が嫌いだった。私はめちゃくちゃ強いというわけではなくて、そこそこ上手いくらいだった。最初の方は楽しんでいたが、だんだんとつまらなくなっていった。その時の顧問は冷めているタイプの人で「お前、明日から来なくていいよ」と言われた時は、なんの間もなしに「はい」と言っていた。言われた通り、次の日から部活には出ずに定時で帰っていった。1週間ほど経ち「なんで来ないんだ?」と言われた時は意味が分からなかった。その時の私は「明日から来なくていい」のしっかりとした意味を知っていた。知った上で明日から実際に来ない人を演じていたのかもしれなかった。みんながみんな「やらせてください!」「すみませんでした!」と、言うと思うなよ、と思いながら私は退部届を提出した。別に気持ちよかったわけではないが、片道10kmの通学をして、家で筋トレをしていた方がマシだと本気で思っていた。中途半端に部活しているよりは幾分もマシだと思っていた。
私は極端な考え方をする。部活を運動と見るのか、趣味と見るのか、で選択肢は変わってくるし、より合理的な選択をしてきた。だから「明日から来なくていい」と言われると、その人を軽蔑してしまう。自分よりも立場が低い人に対して、突き放すような言い方をして、相手が主体的に行動しなければならない状況を作るやり方にうんざりしている。
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