月末の唄 7月が終わりへ

こんにちはゆうらいふです。
この記事では、6月に建てた目標を振り返り、7月の終わりに向けて進んでいく指標のようなものを書いていきたいと思います。
6月の振り返り
ワードプレス毎日投稿
今月は、積読を少しやったが、デイリーだけを書くことが多かった。
文章を考える時というのは、昔の記憶だったり、私が考えていることが刺激されるので、とても有意義な時間になる。
私のブログは、テーマが曖昧なのでとりあえず続けているという感じ。
曜日を決めて、記事を書くのもいいかもしれないのだが、自己満なのか、誰かの悩みを解決するものなのかをはっきりさせないといけない。
私の考えでは、悩みは解釈を変えれば解決できると思っているが、そのような方法では、納得がいかない人もいるのだろう。
良いものだから人が買うのではなくて、買う人が多いから人が買うのだと思っている。
解決できるかが問題ではないのだろう。
悩んでいる時というのも案外楽しいのかもしれない。
本を読む
本を読む時に何を考えながら読んでいるか。
私は、付箋をしおり代わりとし、気になる文章の頭に貼りながら読んでいる。
いちいちメモするというのも時間がかかってしまうし、線を引くというのもできればしたくない。
今月は、脚本の本だったり、ミステリー、SF、純文学、心理学系のものを読んでいた。
やはり、本というのは面白い、もう少し早く出会えればよかったというもので溢れている。
日本の成人が1ヶ月に読む本の数は、約0.8冊だったような気がする。
本を読めば、人生が変わって見えるというのは本当で、面白いから本を読んでいるというだけではないのだ。
生活をしている上で、不便を感じないのであれば、そのままの目と頭で過ごすことがいいのかもしれないが、何か納得がいかないことがあったりするのであれば、変わると思う。
最近では、電子書籍というものがある。
私は、電子書籍だと頭に入りづらいと感じる、そして単純に紙媒体が好きなので、電子書籍は手に入らない本を読む時にしか使っていない。
オーディオブックを使ったことはないのだが、どうなのだろうか?
記憶の定着ができればいいのだが、TVでは、運動をしながら聞いていたり、ながらで利用されているので、あまり効果がないようにも見えてしまう。
時間を使って、すぐに忘れる知識を得るのであれば、どうせなら役に立つものを頭の中に留めておきたい。
現代の情報量は、かなりのものだ。
何にも触れないというのも一つの選択だろう。
外に出る理由
私は、外に出ることがあまり好きではない。
理由がなければ、外には出ようとしないし、外に出ると、リフレッシュどころか余計に疲れてしまう。
肩が凝り、目が疲れてしまう感じだ。
だが、外に出た方がいいに決まっている。
考えていても、アイデアは浮かばないのだ。
私たちのアイデアが実る時というのは、一旦そのことについて忘れ、リラックスしている時だ。
私は、外に出る理由を探していたのだが、ようやく見つかった。
ずばり、人間観察をしに行くということだ。
人の集まるところや家族が集まるところ、商品の並びや店員の仕草、全てを観察するという目的で見ると、見え方が変わってくる。
今月は、宗教施設に遊びに行ってみたのだが、そこでも新鮮な経験ができたと感じた。
私は、超自然的な力には、あまり興味がないので神を信じないが、神を信じている人の性格を観察するのは、面白い。
どうでもいいことが、ネタになると考えれば、アンテナを張りながら外に出るというのも勉強になる。
現実と頭の中で考えていることは違うのだ。
テレビでやっていたのだが、水切りの世界チャンピオンの日本人が、水切りギネス記録の88回を目指すという番組があり、その男性は、河原で拾った石で、自己ベストの66回を出していた。
水切りの専門家や、専用の石を作る職人を集い、理論上、最高とされる石を作り上げたのだが、結果は、9回だったり、20回だったりだった。
チャンピオンが河原で見つけた石の方が、何倍も跳ねていた。
そして、専門家が言った一言は
「私たちは、水切りを考える時に波を想定していないから、自然というのは、きびしい」というものだった。
考えてばかりいる先生たちは、川で水切りをするのにその波のことを頭に入れていないのだった。
チャンピオンからすれば、川に波があることは普通のことなのだろう。
何が言いたいのかというと、人は、頭で考えていては、一般的なことを忘れてしまうということ。
日常を汲まなく観察するということが、大切なのだと思う。
本であっても、文字が書いてあり現実よりも情報が多いように見える。
しかし、現実の情報量が少ないと感じるのは、単に言語化できていないからなのだと思う。
汲まなく観察すれば、何か発見がある。
その発見を限定的なものにするのではなくて、もっと抽象的に考えることが大切なのだと思う。
メリハリの
メリハリをつける理由は、アイデアをいかにして生み出すのかというのと関係している。
私は、極端な性格なのでメリハリをつけるのがとても苦手なのだ。
休みすぎるか、集中しすぎるかというもの
寝る前まで、やることをやっていては、寝る時に興奮してしまい、なかなか寝付けなくなってしまう。
そして、力をずっと入れていれば、緩むことはなく、アイデアも生まれない。
私は、習慣を作るのが得意なので、時間を組み立てるようにしている。
そうすれば、いくらかマシになる。
皆さんは、メリハリが好きだろうか?
私は、気分で動くことを大切にしているので、なかなかうまくいかないのだ。
小説の書き方
小説家もYouTuberもそうだが、クリエイターというのは、自分で名乗るものではなくて、周りから言われて初めて、認められたということになる。
つまり、何かを認められるために作らなくてはいけないのだ。
小説というのは、難しい。
それは、難しいものだと考えているからかもしれないし、初めからいいものを作ろうと考えているからかもしれない。
小説の本を読んでみたので、少しそれを紹介していきたいと思う。
小説とは
小説というのは、物語なのだが、物語というのは、どういうものなのかというと、作家がテーマを主人公を使って伝えるというもの。
恋愛映画であれば、「あなたが好きです」かもしれない
アクション映画では、「あいつを超えてやる」かもしれない
そういった一つのテーマを約15万文字使って、表現するというのが小説なのだそうだ。
小説の描き方
面白い小説というのは、人間が上手く描けていて、共感することができるものだそうだ。
怒りだったり、喜びだったりなんでもいいが、私たちが読んでいて感情が動いていたら、それはいい小説なのだと思う。
ストーリーというのは、ある程度決まっている。
だが、人物同士の関わり合いというのは、自由に書くことができる。
面白い小説は、面白いシーンがあり、共感できる人物がおり、何か学びがあるものなのだと思う。
アイデア
小説で1番大切なのが、アイデアだと思う。
アイデアというのを一つの括りとして考えていたが、本では大きく3つの分類ができるらしい。
これは、普段の生活でも使えるかもしれない。
大のアイデア
物語のテーマ、題材、時代や場所、人など
中のアイデア
登場人物、物語の構成(序破急、起承転結)
小のアイデア
シーン
アイデアというのは、大きく3つに分けるとこのようになるらしい。
これらのアイデアを満遍なく考えてから、執筆を行わなければ、アイデアが尽きてしまい、うまくいかなくなる。
小説を書いてみたいと思う人は、試しに作ってみるのもいいかもしれない。
または、好きな小説を分解する時に使ってみると、理解しやすくなると思う。
アイデアを人生、日常、自分と分けてみるのも面白いと思う。
人生を通して、言えることがテーマ、日常の発見をシーン、自分を人物とすれば、小説の作りというのは、人生の作りのようにも見えてくる。
脚本の本も読んでみると面白いかもしれない。
私は、『SAVE THE CAT』という本を読んでみたが、どんな映画も10のストーリで分けられるというのは、画期的だと感じた。
そうやって、映画の裏側を知ることでさらに映画を楽しめるようになる。
7月の目標
クリストファー・ノーラン計画
簡単に言うと、クリストファー・ノーラン監督のように携帯電話を持たないと言う未来を目指す計画である。
私は、なぜ今まで気がつかなかったのかというものを思いついた。
それは、携帯の電源を切ると言うことだ。
何か緊急の連絡があるかもしれない、そんなことを考えていると私たちの集中力を妨害するものが頭から離れなくなってしまう。
そこで、携帯をつける時間帯だけを考えてみることにした。
7時、13時、21時というものだ。
この時間帯は適当なのだが、朝昼晩で、3回ほど携帯をつければいい方だと思う。
なんとなく、携帯に手が伸びると言うことを防ぐことができるし、通知オンにいちいち反応しなくて済む。
携帯漬けになっている人がいれば、休日ぐらいは、試しにやってみるのもいいかもしれない。
かなり気分が楽だ。
本を読む
本を読んでいる時に湧き上がる感情が分かるだろうか。
本には、何種類かある。
読みたい本、読むべき本、読めるようになりたい本
読みたい本というのは、読み返したい本だったり、興味がある本のことだ。
内容をうっすらと知っていて、中身を詳しく知りたいという状態のことでもある。
読むべき本というのは、読んだ方がいいと言われている本で、何か変化を求めて読み始める本なのかもしれない。
それは、小説かもしれないし、堅い本なのかもしれない。
そして、読めるようになりたい本だ。
本というのは、相性がある。
読むべき本から、読めるようになりたい本になることもあるかもしれない。
読めるようになりたい本というのは、いわば、今は、まだ分からないけど、数年後には、もう一度挑戦するという本だ。
理解できないが、絶対に意味がある本だと確信しているものはないだろうか?
本を読んでいる時に大切なのは、次が気になるという感情の昂りだと私は思う。それを感じれば、難しい本でも手が止まることがない。
逆にいうと、ただ文字を読んでいるだけというような眠くなる状態では、相性が悪いか、理解できないかと言ったところだろう。
内容が頭に入らないのであれば、考えることができないので読む意味がなくなってしまう。
読書は、会話なのだ。
自分に合った人を選ぶことが大切だと思う。
映画を観る
ストーリーの構成を知ると、映画同士の中に共通点が見えてくる。
そして、キャラクターに共感させる技や小道具の使い方、登場人物同士の関係性が別のもののように見えてくるのだ。
テーマだけが映画ではなくて、お気に入りのシーンを見つけることが映画なのだと思う。
宮崎駿は、「観客は、シーンを見に映画館に来る」と言った。
シーンというのがいかに大切なのかが分かる。
6月は、かなりの数の映画を観ることができた。
だが、ただ観るだけではなくて、シーンのオシャレさだったり、人物の関係性を深掘りすることを意識していく必要がありそうだ。
どの分野にもマニアがいる。
そのマニアの目を知るということが、その分野についての最大の理解になるのだと思う。
文章を書く
私の性格は、MBTIのINTJなので、理屈で考えて感覚で、物事を運ぶという感じだ。
感覚さえ分かれば、あとは、理解することができるのだが、そこにいくまでに様々な方向から探らなければいけない。
それをまだ掴めていない状態だ。
文章というのも、個性が出るが自分が一体どんな文体を保ちたいのか、誰を参考にしたいのかということも考えなければいけない。
そうやって考えていても何も始まらないので、とりあえず文章を書くしかないのだ。
しばらく前に「ペン持たなければ、物語はできない」という言葉を書いた。
ペンを持つという行動と、物語ができるという結果。
これは、組み換えれば、人生にもいえる。
恋は盲目というものを『ロブスター』で表した。
映画監督がいたり、もしかしたら、名言から着想を得た人もかなりいるのかもしれない。
私は、パズルが好きなので、そういったロジックで物語を書きたいのだが、自己流をするには、まだかかりそうだ。
6月で物語の勉強はある程度分かったので、7月は、実際に登場人物を作っていきたい。
私が好きになる人物でなければ、他人が好きになるわけがない。
面白いと思うものを作るには、自分が面白いと思わなければならないのだ。
終わりに
気が付けば、6月が終わっていて、7月になっている。
何気なく過ごす日常は、早送りをしているように過ぎ去っていく。
人生というのは、道があると思っていた。
誰かが歩いた道を進み、自らも足跡を残していくものだと。
だが、もしかしたら、ランニングマシーンを歩いているのかもしれない。
歩みを止めても、過ぎていく時間。
私たちは、歩き続けるしかないのだ。
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