なんだか、雨に閉じ込められているようだ。

珈琲屋から出ると、どこかからカエルの鳴き声が聞こえた気がした。頭にはカエルが喉を膨らませ、合唱している姿が思い浮かぶ。小さい体からは想像もできないほど大きな鳴き声、それが不思議でならなかった。私はカエルよりも大きな体を持っているはずなのに、カエルほど大きな声を出す自信が湧かなかった。
やがて、ぽつぽつとした小粒の雨が降り出す。それは徐々に勢いを増していき屋根を打つ雨音がより激しくなっていった。屋根の下、雨宿りをしているものの、絶え間なく降る雨はアスファルトの路面にぶつかっては跳ね上がり、私の膝下を濡らしている。雨は外の音を遮断するほど強く降り、少し先の道路を車が通り過ぎても、音が聞こえないほどだった。私は、雨に閉じ込められたと思った。びしょ濡れになりながら、駐車場を走る気力もなかった。幸い、ここは珈琲屋だったので方向を変え、もう一度その重い扉に手をかけた。
「いらっしゃい」
数分前にいたはずなのに、そこが初めて訪れる場所のように感じる。マスターは新聞を手に持ちながら、私の顔をしばらく見ていた。
「雨が降ってきちゃって……って、見ればわかるか、とりあえず、さっき頼んだものと同じのをお願いします」
マスターは新聞をカウンターに置き、うん、と頷くとやがて、ゆっくりと立ち上がった。
店には客が1組いるだけで、ほとんど空席だった。いつも座る角の席に足を進めたが、窓際に座ろうと思った。それは雨の日の気まぐれかもしれない。なるべく、外が見える席を選ぶと、バッグから本を取り出した。しおりをページから抜き取り、雨音を聞きながらゆっくりと文字を頭に入れていった。
「はい、これね」
マスターがテーブルにコーヒーを置く、湯気が線を作りいい香りが鼻腔に漂ってくる。
「雨、本降りになってきちゃったね、今日はずっと雨だよ」
雨は先ほどから変わらず、降っている。窓には雨が滝のように伝っていた。
「困りましたね。本もこれしか持ってきてないし……」
そう言うと、マスターは白い髭を右手で掻きながら目尻に皺を寄せた。
「いいじゃない。たまには、ぼーっと、雨でも見ていればさ」
そう言うと、マスターはお辞儀をして行ってしまった。
私は、本にしおりを戻し、雨を見ることにした。窓を伝う雨が生き物のように絶え間なく変化していた。アスファルトを打つ雨は時間に逆行するように跳ね上がっていた。私は雨の、水の作り出す風景をじっと見ていた。何もせず、日常に急かされずにこうしているのもいいかもしれないと思った。
やがて、雨は止むだろう。それまで、雨に閉じ込められていようと思った。
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