魚肉ソーセージ2

母方の実家は猫好きが多いので、ぶち猫を置いていったとしても可愛がってくれるだろうと思った。だが、それはあまりにも無責任に感じたし、すでに猫を飼っているので、簡単に受け入れてくれるとは思えなかった。朝起きると、外から猫の鳴き声が聞こえる。鳴き声の方へ行くと、猫は当然のように居座っていた。汚れたタオルの中に小さい体を丸めて何かを待っているようだった。最初、猫がいることに私は驚かなかった。どうせいるだろう。いない方がおかしいとさえ思った。初めて訪れた場所で食べ物を与えてもらい、そこから離れようと考える方がおかしい。もしかすると、子猫はここで生きていけると希望を感じたのかもしれなかった。いや、希望というものすら知らないだろう。その小さな身体は、現実に押しつぶされたようだった。肋が浮き出るほど痩せ細っており、満足感とは程遠い身体をしていた。私が猫をしていたら人間に縋っていただろう。人間が活動し始めるまでの間、時間を潰し、人間の気配を感じると、自分の愛嬌を振り撒きに行くかもしれない。媚を売り餌をねだるのかもしれない。ぶち猫は、昨日会ったばかりだというのに、逃げもせず私の方を見ながら鳴いていた。
猫から少し離れると、猫は私の後をついてくる。本当はこのまま飼ってしまいたかった。その子猫の振る舞い方は計算されているかのように、愛らしいものだったからだ。それが、嘘であったとしても私は騙されていたいと思った。人間の心を揺れ動かすような動作を感覚的に掴んでいるようだった。
私は牛乳を小さな皿に入れて猫の前に出した。猫はそれを舐め始める。魚肉ソーセージを食べるのも初めてであっただろうし、牛乳を飲むのも初めてだろう。土曜だったが、今日も仕事があった。猫が牛乳を飲み終えるのを待たずに私は支度を始めた。
予想通り、祖父は猫を捕まえていた。小さな箱に入れ、空気口を作っていた。その猫は牛小屋の近くにでも持って行くのだろうか。牛屋は猫を可愛がってくれると、祖父は私に話していた。うちで飼うことはできない、それに山の中に離せば、子猫などすぐに死んでしまうだろう。祖父なりの優しさだと知ってはいるもの、私はその猫を他の野良猫と同じようには感じられなかった。何か特別な惹きつけられるものを感じていた。
猫は河原に離した。猫は戸惑いながら、初めて裏切られたような悲しい表情をしているようにみえた。自分を助けてくれた存在が、急に忌々しいものに変わるのだろうか。だが、私にはどうすることもできなかった。車が猫から離れるが、猫はそのまま動かなかった。近くに牛小屋はあるものの、その猫がどこに行くのかなど分からなかった。猫が視界から消えるまで、私は子猫を見ていた。やはり猫は動かず、取り残されていることに気付いていないようだった。
雨が降ってきた。
草を刈っている間、私は猫のことをずっと考えていた。あの場所から動かなければ……、運よく、誰かに拾われていないだろうか。雨に濡れて、寒い思いをしていないだろうか。私は猫を助けることができなかったのにも関わらず、その猫のことを忘れることができずにいた。雨が降り、作業は明日に持ち越されるだろう。そうなったら、猫を離した場所にもう一度行こうと思った。私は猫を抱えて、家に持って帰り保護してから飼い主を探すという計画を考えていた。家で飼うことはできないので、せめて幸せになって欲しかった。雨が本格的に降り始めたので、作業は中止になった。明日の午前中にでも終わるだろう。そんなことを言っていた。
フロントガラスを打つ雨が激しさを増していく、猫を離した河原に近づくたびに私の中で不安が膨らんでいった。狭い橋を通り、砂利道を通る。車から降りて、辺りを散策したが、猫はいなかった。私の中は不安感から安心感へと移り変わっていくようだった。猫を見つけたら保護すると決めていたのだが、猫がいなければ保護することはできない。そして、猫がその場でずっと待っていて、餓死したという状況を見ずに済んだ。想定していた状況を考えた時、やはり、私は無責任なのだと思った。自分の中で猫を殺したという罪悪感を感じずに済むために河原へ向かったのかもしれない。
私はもう、猫について考えたくはなかった。誰かに拾われて幸せになっているだろうと考えたかった。道を引き返すと、橋の下が目に止まった。もしかしたら猫は橋の下で雨宿りをしているかもしれない。目を凝らすも、猫は見当たらなかった。一瞬、「ミャー」という高いあの子猫の声が聞こえた気がした。ドアを開け、耳をすましてみるが、聞こえるのは雨音と、虫の音だけだった。
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