物は捨てると気持ちがいい。

私の脳内

私は断捨離という言葉が好きだ。断捨離は、1.手に入りそうな不要なものを断ち、2.家にある不要なものを捨て、3.物への執着から離れる。からそれぞれ『断・捨・離』を一文字ずつとったものを言うらしい。そして、私がこの中でも最も好きなことは『捨』である不要なものを捨てる、だ。物を片付けるとなった時、最も重要なことは不要な物を捨てる勇気だと私は思っている。部屋が散らかっているというのは不要な物が多いからであり、つまり、不要な物がなければ部屋は散らかりようがないということになるから、部屋を綺麗にしたいのならば物をなくすのが最も効率がいい。物を並べ直したり、そんなことをちまちまとしていたところで、部屋は綺麗にはならない。いっそのこと不要な物を捨ててしまった方がいい。「いつか使うかも」と不要な物が空間を侵食し、何年も使っていないのに、今年は使うかもしれないと、自分でその不要予備軍に場所を与えている。きっと5年先になっても使われることはないから一度捨てた方がいい。必要になった時に買えばいいし、きっと買い直すことはない。捨てたことも忘れているだろうと思う。

私は物を捨てる時のゴミを分別をしている瞬間に幸福を感じる。使えるものを発掘し、不要な物を捨てる。不要な物が消えると、空間が空き手元に残った物たちが使いやすくなる。不要な物が捨てられるから手元に残った物が大切に使われる。これは人間関係と似ていると思う。不必要な関係を切って、自分が楽しいと思える仲間たちとの時間を大切にする。物は空間を支配するから、限りある空間に自分が必要だと思う物だけをおく。時間は有限であるから、どうでもいい人間関係を切って、自分が成長できたり、楽しめる人間だけを残す。その方が合理的だし、お互いのためになると思う。人は相性がいい人がいるだろうから、無理して相性の悪い人といる必要はないし、つまらない人といる必要もない。つまらない人間や相性の悪い人間との付き合いを切れば、その空いた時間で新しい出会いがあるかもしれないし、自分の時間に回すことだってできる。
私は昔からそうだった。友人の家に遊びに行くというのも中学生になってから知ったことだった。友人というのは学校での関係にすぎず、放課後に誰かの家に遊びに行くということがまるで分からずにいた。昔から一人が充実していたというのと、人が面倒だったからかもしれない。息抜き以上の関係というのが分からなかった。だが、中学生に上がり、多くの人と関わると、自分と気が合う人間というのが出てくる。私はその時になってようやく、学校以外で友人と会う意味を理解した。それまではきっと運が悪かったのだと思う。魅力的に見える人間はいなかった。

物は捨てると気持ちがいい。
いらないアプリも、人間も、同じだと思う。

 

 


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Posted by yuuya yamaguchi