個人的な今週のエッセイ 第二回

こんにちはゆうらいふです。
個人的な今週のエッセイを今週も書いていきたいと思います。
今週あったことに対する考えや、メモをまとめたものになっています。
恐らく、かなり長くなると思うので、気になったタイトルだけでも読んでみてください。
それでは、初めていきます。
- 1. 賞味期限管理
- 2. 何事もjust keep doing
- 3. 飼い主にとってのペット
- 4. 大食いファイター
- 5. 今週のスイーツ
- 6. 結婚について考える
- 7. 田舎には何もない
- 8. 影響の受け皿
- 9. ただの会話が楽しい人
- 10. クリストファー・ノーラン計画
- 11. コミュニケーションをしたい人
- 12. ターミネーターニュー・フェイト
- 13. 食べ物を美味しいという時
- 14. 無言の圧力
- 15. 好きな人ができない理由
- 16. 桜の花
- 17. カフェの店員
- 18. いとこの名言
- 19. ジャズと人生
- 20. 生かされている
- 21. 害虫への抵抗感
- 22. ショート物語のようなものをやりたい
- 23. ブログの書き方
- 24. 目標の具体化
- 25. 幼稚園の時から信徒
- 26. 書いていないと自分を見失いそうになる
- 27. おわりに
賞味期限管理
賞味期限に厳しくなってしまうのは、明確な記載がされているからだろう。
だが、賞味期限と消費期限では、美味しい期間と食べられる期間で分かれて示されるというのが、私の中では難しい。
消費期限であれば、速攻捨てるが、賞味期限はいつまでなのかそれが、いまだに悩みの種である。
個人的には期限までに使い終わる、もしくは、捨ててしまうが、どういった工夫をしている人がいるのか、それが気になっている。
料理を作る時に、期限が迫っているものを優先して使うようにすれば、何を作るかが絞られ、食品の無駄もなくなるので、管理が必要だと改めて感じる。
何事もjust keep doing
投資本を読む人であれば、JUST KEEP BUYINGという本を見たことがあるかもしれない。
私が、その本を読んでいて思ったのは、JUST KEEP DOINGは何事にも使えるということ。
私の夢は、小説を書くというものだ、だが、初めは何をしていいのか全く分からずにいる現状である。
そこで、積立投資のドルコスト平均法を思い出した。
毎月、同じ額を入れて、長期的に見た時の価格変動を抑えるように、何か夢を持っている人がいるのなら、毎日10分でも1時間でも積み立てていくべきではないか?
自重トレーニングと荷重トレーニングの大きな違いは、筋肉の成長スピードにあると思う。
荷重はもちろん、すぐに筋肉を大きくすることができる。
しかし、サボるとすぐに筋肉が小さくなってしまう。
どうやら筋肉というのは、筋肉がつく期間に比例して、筋肉が落ちていくらしい。
どちらがいいとかは、個人によると思うが、私的には筋肉を大きくするために筋トレをしているわけではないので、怪我をしにくい自重をおすすめする。
つまりは、何事も毎日積み立てた方が、いいということ、0.01%ずつ。
ちなみに、自重トレーニングは、懸垂や腕立て伏せ、スクワットなどの自分の体重で鍛えるもの、荷重トレーニングは、ダンベルやバーベル、マシンを使って鍛えるものである。
飼い主にとってのペット
飼い主にとってのペットは、どのくらいの割合を占めているだろうか?
ペットを飼っている人は考えてみてほしい。
飼い主にとっては、ペットも大切だが、仕事があり、外に遊びに行かなくてはいけない、他のやりたいことが多すぎるのではないだろうか?
私の家には、ウサギが一匹いる、きなこちゃんというのだが、きなこちゃんは、離れの部屋に住んでいる。
何もなければ、私はウサギと一緒の空間にいることを心掛けている。
本を読んでいるか、映画を観るくらいなら、ウサギの孤独を和らげることができると考えているからだ。
夜は、ウサギの部屋で寝ているので、朝は、布団に乗っかってきたり顔を舐められて起きる。
うさぎは、肉球がないので、フローリングの上だとドリフトをする。
うさぎ部屋には、カーペットを敷いてあるが、廊下は、フローリングで、うさぎも臆病な性格なので、部屋を開けておいても外に出ることはない。
何が言いたいかというと、飼い主であるなら、ペットの時間を優先にするのが、責任だと思う。
飼い主にとって、生活の一部分であったとしても、ペットにとっては、飼い主が全てなのだ。
ペットを飼い始めてから、自分の時間の全てをペットに捧げるくらいの気持ちがなければ、ペットを飼う資格がないのだと思ってしまう。
大食いファイター
食べ物は何を楽しめばいいのか私には分からない。
だが、最近テレビでやっている大食いがどうしても好きになれない。
勝負事に食べ物を使っているのが、遊んでいるようにしか見えないからだ。
すごいと思ってみている人もいるだろうが、私は、吐き気を我慢しているように見えるので、こちらにもその気が伝わってくる。
食べることよりも、食べないことを好む私なので、どうしても無駄に見えてしまう。
飲食店に行かないわけではないが、誰かと言った時は、その雰囲気を壊さないように美味しいと、嘘を並べている。
食べ物は、一口でいい。
二口目からは、感動が半減して、ただ惰性で、食べている感じがするのだ。
今週のスイーツ
どら焼き、アップルパイ、黒糖饅頭、かりんとう饅頭、がんづき
最近料理を作ることにハマっている。
料理を作ったことが、なかった私だが、分量を守り手順を守り、慣れてきたら空き時間を無くしていくということを楽しんでいる。
何も生み出せていなから、料理で完成させるというものを味わっているのかもしれない。
ただ、思うのは、料理を効率的に作るには、頭を使うということだ。
洗う皿の数を少なくしたり、空き時間をなくすことを考えながら作る料理は、とても興味深い。
結婚について考える
料理の続きだが、調理師免許が欲しいなと考えている。
それは、饅頭の店を出したら面白そうだと思っているから。
だが、学校に通うには、2年間かかるし、なんだか気が乗らない。
そんな時に頭をよぎったのは、調理師免許を持っている人と結婚すればいいのではないかという考えだ。
自分で考え直しても、イカれているのかもしれないが、そもそも私の中での結婚は、対して魅力的に見えないから、手段として考えているのだと思う。
結婚についての価値観はまた今度考えていきたいと思うが、今現状であれば、調理師免許を持っているのであれば誰でもいいという感じだ。
少なくとも、恋愛をする時間を無駄だと思ってしまう性分、私は結婚するのには向いていないと思っている。
田舎には何もない
田舎にいる時に、夜の空気が静まった中、カエルの鳴き声が聞こえてくる。
少し、田舎から離れるとカエルではなく、車の音が聞こえてくる。
都会に仕事を探しに出ていく人が多いが、そのうち、一定数の人間が田舎を求める時代が、やってくると思っている。
田舎には、何もない、カエルが鳴いている。
それでも、綺麗な星や月が輝いている。
それだけで、十分ではないか?
影響の受け皿
名言は日頃から、好きで集めているのだが、言葉には思いが宿っていることを常々感じる。
人類は歴史の中で、影響を与え、影響を受け、与えを繰り返してきたのだろう。
いつしか、それが、文学や音楽、科学に分かれていった。
だから、さまざまなところに共通点が見つかるのだと思う。
共通点を見つけて、ピースを繋げていく、名言も同じだと思う。
誰かから受けた影響を自分の言葉で、残し、影響を与える側になる。
人類の歴史というのは、そういった影響の流れだと思う。
流れを繋いでく途中を私たちは生きている。
だからこそ、死ぬことがないのだ。
ただの会話が楽しい人
気が合う従兄弟がいる。
私と同じで、考えをノートに書くことが趣味の従兄弟がいる。
私は、彼と会う時にカフェや公園で過ごしている時間がとても充実している。
旅の目的は、観光をすることではなくて、道中を楽しむことだと私は思う。
私たちには、ただ話ができる場所と、話すテーマがあればそれでいい。
会話が楽しい人は、周りにいるだろうか?
もしいたとすれば、あなたはとても恵まれている。
私も運が良かっただけだ。
そして、会話をするだけで満足ができるというのは、非常にコスパがいい。
クリストファー・ノーラン計画
まだ、この計画を始めて、一週間しか立っていないが、一応説明をしておく。
クリストファー・ノーランは携帯を持っていないことから、私も、携帯とおさらばしようではないかという計画である。
田舎にくれば、間違いなく携帯はいらないことに気が付いた。
一週間くらい経って、その計画の進み具合を発表していく。
私は、携帯をメモや記録に使うことが多い。
朝や夜に感情を記録し、趣味で英語を学習し、映画や本を観たら、スマホに記録をしている。
日常の笑ったことや、思いつき、全てを携帯に記録している。
今週は、携帯のメモを紙に置き換えるということをしてみた。
そうしてみると、スマホを手に取る時間がかなり減ったと思う。
情報は、流動させるべきだと思っているので、溜めても意味がない。
料理を作るように、組み合わせなければいけないと思っている。
この計画は、何年かかるのか分からないが、今使っている携帯が最後になるように計画的に進めていきたいと思う。
コミュニケーションをしたい人
人のことを見る時に、隠れているものを見るようにしている。
何か話しかけられた時に私が考えるのは、会話の中身である。
その、中身が私と関係がなかったり、すぐに切り替わった時である。
人は、話をしたい生き物なのだと思う。
誰かに話を聞いてもらいたい。
そういう欲求を感じ取った時には、聞き役に回ることにしている。
なんで、話しかけてくるんだと感じる人が、いたら。
会話の内容に目を向けてみてほしい。
恐らく、ただ、話を聞いて欲しいだけなのだ。
注意をしているわけではなく、教えているわけではなく、会話をする相手が欲しかっただけという方が、大きいと思う。
ターミネーターニュー・フェイト
ターミネーター2の正当な続編というものが、この作品なのだが、私は、この映画でどうしても気になっていたことがあり、それが解明したので書いていきたい。
違和感を感じたのは、ジョンコナーを殺した、シュワちゃん(T-800)が、ロボットでありながら人間と暮らし、人間として暮らしているというものだ。
ロボットのプログラムが、性格や人間性を生み出すとは、考えられなかったのだが、最近、監督の意図というものが分かったような気がする。
私の考えは、現代社会の人間が、ロボット化しているというものだ。
人間が、どんどん合理的になっていて、劣化したAIのように感じる時がある。
そして、その中で、人間が心理学などのテクニックを用いて、コミュニケーションをとり、上っ面の会話で評価を得ていることを皮肉っているのではないだろうか?
良い人間を演じて、自分の評価を上げる。
その人が、本当に良い人間であれば、別だが、中身は誰かの愚痴を吐いて、人を見下し、他人に辛く当たるような人かもしれない。
そんな人間でも、どんな仮面を被ることでもできる。
そう言いたいのではないだろうか?
人殺しのロボットが、人間性を見出せたのは、今ではどんな人間でも、人に好かれる方法や良い人を演じる方法を手に入れることができるということを言いたかったのかも知れない。
これは、私の考察だが、人間性は設計できるということなのではないだろうか?
食べ物を美味しいという時
私にとって、食べ物は悪だということを書いた。
少食が、健康的で、暴飲暴食は身を滅ぼすと、大昔から語り継がれているというのもあるが、好きな食べ物があまり分かっていない私からすると、好きなものを食べるというプラスよりも、不健康なものを食べるというマイナスの方が大きくなってしまう。
食べている時に美味しいと感じるのではなくて、柔らかいとか、甘いとか、しょっぱいとか、ご馳走様といただきます以外は、ほとんど会話をしない。
誰かと外食をする時も、食べ物に対して、何も言わない。
何も思わないからである。
美味しかったかと聞かれたら、美味しかったと答えるが、実際はなんとも思っていない。
美味しいとは、私からすると、食事相手へのただの反応なのだ。
無言の圧力
会話がないな、という気まずさを感じたことはないだろうか?
私は、あの気まずさを自分の気持ちの弱さだと思っている。
信頼関係が出来上がったら、会話などは必要のない。
だが、動物の無言で見つめてくるというものにはどうしても耐えられない。
撫でて欲しいのか、餌が欲しいのか、何か欲求を伝えているのだろう。
動物と意思疎通ができるようになったら、可愛さが半分以下になるだろう。
うさぎは、猫と犬の中間くらいの距離だと思っている。
撫でて欲しい時に、近くに寄ってきて、テンションが上がると、部屋中を走り回る時がある。
はたして、動物の無言に耐えられる人はいるのだろうか?
好きな人ができない理由
好きな人ができない理由を考察したが、それは、昔に好きになった人を信仰対象だとしているから、他の人間が人間に見えるのだと感じた。
私は、狂信者なので、そのような一つの答えを考えて満足している。
投稿を見てもらえれば、共感してくれる人もいるのではないだろうか?
これをやりたいというものが決まっていると、それ以外のものが邪魔に見えてしまうのだ。
全てがひと段落して、落ち着いたら結婚を考え出すのかもしれないが、その時はもう手遅れだったというオチが待っているような気がする。
桜の花
花が咲いていて、枝や幹、根っこを想像する人間は少ないのではないか?
花は結果であり、幹や根っこなどは、過程になる。
私たちは、過程に意識を向けるべきだが、結果、つまり花に目が入ってしまう。
結果数や字が全てだという考え方の本質には、その花の部分が隠れているのだと思う。
幹や根っこに目を向けるという考えは、いつ広まるのか。
カフェの店員
2週間前の大雨の日に、とあるカフェに行くと、客は自分一人。
なんとなくカウンターに座ると店員が、話好きで、色々な話を聞いた。
今度、いとこを連れてきますよと、約束し、今週行ってきた。
だが、店員は恐らく、忘れていたと思う。
飾ってある、イラストの説明を受けた時に二度目だったことに違和感を感じた。
こういう時にどういう反応をするべきか。
私は、相手にした口約束を一方的に守ったという感じだったが、少し知っている関係よりも、まっさらな方が都合が良かったので、何も言わなかった。
気付かれることがあったなら、初めてだというかもしれない。
人の顔と名前を短期的に覚えるのが得意だと、そういうふうに小さく傷つく。
同じ経験をしたことがある人はかなり多いのではないだろうか?
いとこの名言
私のいとこが、言っていた。
「吾輩は、夢追い人である、収入はまだない」
そのポジティブさに救われることがかなりあった。
ララランドでは、夢を追って5セントだけ持ってバスに乗るというものがある。
狂っているか、どうかは後になったら分かる。
あいつ、頭悪いな。あいつ、かっこいいな。
ブルージャイアントで主人公が言われた言葉だ。
いとこは都心で生活をすることになる。
そして、二つの映画は、ジャズを使っていて、夢を追うという共通点がある。
どうなるか、分からないが、踏み出したものにしか見えない景色を見てくるのだと思う。
ジャズと人生
ジャズは、演奏の中に、即興パートが隠れている。
ララランドでは、演奏は、ミアとセブが結婚するという未来を表している。
そして、即興パートでは、お互いが夢を追うことを表している。
映画内が、ジャズのような構成になっていることが、おしゃれで感動した。
ハリウッドを夢見る人が大勢いるということを映画序盤の渋滞で表しているのだという。
こうなるべき、という演奏パートが、私たちにもあるのだろう。
そして、こうしたい、という即興パートがあるのだろう。
夢には代償がつく、だが、早いうちの失敗は、すぐに取り返しがつくのではないか?
生かされている
生きることは何かと考えた時に、食べることと書いてみた。
だが、しっくりこなかった。
そして、生きることは、書くことと書いてみた。
すると、しっくりきた。
私の好きな作家の村田沙耶香さんは、書く生き物と作家のことを読んでいる。
食べることをIN 書くことOUTとすると、私たちは、生きるために多くのものを吐き出していると感じた。
生きるのに必要なものが、INだとしたら、生きているという感覚がOUTなのだと思う。
人の話を聞き、学ぶ。食べ物を食べる。息を吸う。という生きるのに必要なものがあり。
書き出す、人に話す、ことで生きている喜びを感じる。
血が体内から出るというのも、死を身近に感じつつ、生きているということを感じることができるのだと思う。
生きるのは、簡単だが、生きている感覚を得ることが難しいと感じる。
私にとって書くことは、呼吸をすることであり、生きている感覚そのものなのだ。
害虫への抵抗感
人間は、個性を尊重し、抵抗感に慣れていくことで、多様性に近付く事ができると考えている。
私の家にムカデが出た時に、私は怖いとか気持ち悪さではなくて、生き物は可愛いなと感じてしまった。
それが、多様性なのかは分からないが、生き物への慈しむ気持ちを感じる事ができて、とても幸せだった。
その後にシマヘビが、庭にでた。いじめるつもりはなかったのだが、棒を持って追いかけることにした。
うさぎの部屋に蛇が入ってきたことがあったからである。
何かを守るために命を壊そうとするという行為を、ムカデに可愛さを抱いてしまった後に行なってしまったので、少し混乱してしまった。
という話。
ショート物語のようなものをやりたい
ブログを有効に使うためには、自分のやりたいことを載せていくべきだと思う。
小説は長いので、ショートショートのようなものを書いていくのも面白そうだと思った。
ブログって、何をしていいのかよく分かりません。
ブログの書き方
ブログの読まれる記事を調べると、ビックワードではなくて、スモールワードを狙えとか、よく分からないものが大量に出てくる。
私は、気が乗らないとやらないと思うが、一つ思いついたことを書いていこうと思う。
まず、ターゲット層を絞るらしいが、人口の分布図を見て、数が多いところ、そして、ネットの利用率を調べていけば、ベネフィットな記事に繋がるのではないかと感じた。
女性に対して書くのであれば、女性の読みやすい文体やデザイン。
男性に対して書くのであれば、数字を使った、説明などである。
性格も分かれていると思う。
MBTIの性格診断では、性格の分布がある。
国ごとであったり、割合の多い人たちというものがいる。
私が思うに、私のようなINTJなど少ないものを狙うよりも、多い性格の人たちを調べて、その人たちの釣り文句やデザインを作ればいいのではないかと考えてみた。
他の人はどうやっているのか分からないし、私も分からないが、相手の像を考えるというのはそういうことだろうか?
それに、相手の像をはっきりさせた方が記事が決まってくるのだと思う。
ブログは、どうやるのが正解なのか分からないが、自分のためにやったことが結果相手の助けになっているという状況を作りたい。
目標の具体化
ブログ記事を書くという目標を考えてみた。
恐らく、他の人たちはこの方法を使っているのだと思うが、私には全く思いつかなかったので、それはたいそう画期的なものに見えたので、紹介していこうと思う。
目標を立てる時には、長期的な目標を立てるのが、いいが、まずは、ブログを成功させるという目標を立ててみると、記事を書くということが重要になってくる。
まずは、記事数だと、誰もが言っている。
記事数を書くためのコツは、一週間で区切ること、そして、一週間で記事をいくつ書くのかを先に決めておくことだ。
記事数をこなす方法で、私が行なっているのは、タイトルを全て決めてしまうということ。
普段から、面白そうなテーマをメモ等に記入しておいて、それらを使って、タイトルを下書きに書いておく。
一週間で、10記事なら、週の初めに記事のタイトルを10こ作っておく。
私は、目標を立てて、逆算するというのを感覚的に行なってしまうので、日々の記録はしても目標設定をしない事が多い。
ブロガーならやっているかもしれない、目標の立て方を試してほしい。
幼稚園の時から信徒
私は、幼稚園の時に好きな女の子に出会い、中学生の時に信徒になった。
皆さんにもそういう人がいるだろうか?
人を好きになることができないのは、なんだか人間味がないが、信仰によって、成長に繋がるのであれば、いいと思う。
書いていないと自分を見失いそうになる
この記事では、かなりの文字数になっていると思うので、全部とは言わなくても、少しは読んでもらえると私は嬉しい。
いつからか、書くこと、発散は私の中で、生きることになっていた。
話し相手が、いればよかったが、私にとって、時間を選ばず、テーマを選ばない紙がしっくりきてしまった、人と話すことは、お互いが、笑えるようなくだらないものでいい。
だが、いつかその作り笑いが壊れてしまう気がしてしまう。
哲学的なことを話したり、考えを深めることが私の好きなことなので、こうやって書いていると落ち着いている。
熱中できるものが、人間を生かし続けるのかもしれない。
おわりに
今週は、気持ちのいい天気が続きましたね。
書くことは、私にとって、呼吸をすることと同じくらい大切なことです。
この記事で、興味を持っていただけたらまた、来週も読みにきてください。
ペットを紹介したり、物語投稿したり、やりたいことがたくさんあって大変です。
ここまで、読んでいただきありがとうございます。
また、別の記事でお会いしましょう。
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