卵を孵化させたい男 第四話 大切にされる

5日目
今のところ、卵に変わったところは見当たらず、もしかすると無精卵を拾ってしまったのかと考えている。
調べてみると、1週間ほど経てば、卵の中に血管が現れるらしいのだが、携帯のライトを当ててみても血管は見つからなかった。
卵を得た時の私には、母性のようなものが芽生えていたが、卵が生命を宿す気がないのではと考えると、母性の行き先が消えてしまう。
経過を待つしかないのだ。
そして、卵を温めていると自分の内側から様々な感情が湧いてくる。
卵に気を使うことが、普通だと思うが、ふと傷をつけたくなる衝動に襲われる。
私はものを大切に使う性格で、お気に入りのものであれば、特に大切に使っていた。
お気に入りとそうでないものがどのように分類されるのかは自分でも分かっていなかったが、気持ちの入り方かもしれない。
お気に入りのものに対して、とても敏感になってしまう。
私が新車を買うとしたら、高級車であっても、一度自分で傷をつけるかもしれない。
新品を手に入れた時というのは、誰しも気を使うものだろう。
私は、気が付いた時についた傷というのが、嫌で、誰かを疑うことも嫌だった。
目に見えるような傷が気になってしまい、それを見た瞬間にそのものの価値が半減したような気になる。
使っているうちについてしまった意味のない傷に対して起こるものへの気持ちの変化が嫌なのだ。
だから、新品の時に先に傷をつけたい。
それは、私にとっては、私物に名前を書くようなものだ。
そして、大切に使うように心がけている期間も無駄に感じてしまう。
傷を見つけるまでの間に置く時や手に取る時に気をつけている。
その気をつけている気遣いのようなものが、邪魔に感じる。
ものを大切に扱えという言葉を忠実に守ってしまうのは、大切にしないともう手に入らないかもしれないという強迫観念のようなものかもしれない。
卵を手に入れた時は、何とも思わず、育ててみようという気持ちが乗ったことで、卵への愛着が湧いてきた。
卵を温めているうちに気持ちが薄まっていくいかもしれない。
自分の興味がどこに向いているのかを予想できないからだ。
そして、卵に重ねているのは、自分に子供ができたらということだ。
私は、子供を大切にできるか自信がない。
興味が湧かなくなってしまっては、他人の子供と変わらなくなってしまう。
卵と我が子は違うものかもしれないが、私自身の内側の反応を確かめる必要があった。
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