個人的な今週のエッセイ 第三回

ブログ活動

こんにちは、ゆうらいふです。

 

今週も個人的な振り返りを行いたいと思います。

振り返る習慣は、ずっと続けていますが、知らない自分に出会える良い機会だと思いますので、やってみても面白いと思います。

 

ショート小説

300文字から800文字の短い小説をブログに投稿しようかなと思った。

星新一の本で、F氏とかA氏が登場するのが、不思議だったが、作品自体が短いので、名前を短くするというのは合理的だ。

私のイニシャルはYなので、Y氏を登場させようと思う。

 

やる気の出し方

今週一週間は、やる気というものがめっきり出ず、

やる気は体を動かして、だんだんと温まってくるものだが、ブログのカスタマイズなど、面倒なことは頭が拒絶している。

本を読むこともままならず、ストレスに敏感だった。

 

単純な愛情表現

私は、動物が好きだ。単純さが、たまらない。

不快に思えば、怒り、餌に目がなく、人間に愛され、懐く。

ペットと言葉を通わせない分、意思疎通が感覚的に行われる。

言葉にならない曖昧なものに大きな愛情を感じ、意地悪をしたくなるような感情も一掃される。

 

卵を温めているだけで、芽生える母性

親鳥は、37.5度の温度をただ、卵に伝えているわけではないと思っている。

冷たくて、気持ちがいい場所を尻に当て、結果均等に温めているというものもあるが、私は、そう思いたくない。

私が、卵を温めると決めて、頭に浮かんだのは、孵化させたいという思いだ。

その思いが、卵に伝わってくれればいいなと思っている。

 

人の声が耳に入る

私は、人の何気ない会話を聞くのが、好きではない。

雨の音は意味を持たないが、人の言葉や何かの信号など、意味を持たせた音というのは、無視するのが難しく感じてしまう。

耳に入るだけならまだいいが、入ってきた内容を考え込んでしまう。

なぜ、この人はこのような考えをするのか?

なぜ、笑っていられるのか?

そんなことを考えていれば、リラックスすることができない。

人間の言語をミュート化できる時代が来るのだろうか?

 

夢を追え、評価なんて気にするな

夢を追え、周りの評価なんて気にしなくていい。

私は、この言葉を初めて聞いた時は、共感したが、その後は別の考えを感じている。

夢を追うことは、生きるためには必要だと私も思うが、評価というのは機械が公平に行うものではない。

評価する用紙があるとしたら、それ以外の要因が多く隠れ、しまいには感覚で選ばれたなんてこともある。

最近私が意識することは、周りの評価というのは意見を持っている少数とそれに敏感な多数だと思っている。

ほとんどの人は、飲食店を調べる時に数字を見ている。

実績が全てだ、そして他の人のお墨付きのものを好み確実性を得ている。

 

人にあっている時

人に会っている時に相手が、誰かと通話をしていたり、携帯をいじっていたらそれは、自分には興味がないということなのだろうか?

人と会うというのは、同じ時間を共有することだ。

その中で、遠い誰かと繋がっていたいという欲求が湧き、相手との関係が軽薄なものになるのなら、誰かと一緒にいる必要はないだろう。

それとも、同じ空気を吸っていることで満足しているのか?

少なくとも、私は、二度目はないと感じてしまう。

 

モノマネ

テレビで、モノマネ特集をたまたま見た。

時間を与えられ、その中でモノマネを習得するというものだった。

私は、その番組を見てあるものを思い出した。

学園祭だ。

ステージにいる人のモノマネが似ていなくても、盛り上がる方が大切で、観客が、ステージ上の人間を本物に変えるのだと思った。

私は、そのタレントを知らなかったので、似ているかどうかしか考えていなかったが、明らかに似ていないものに対して、全員が似ていると誉めていたことに共感羞恥を覚えた。

一人くらい似ていないと言えば少しは、マシだったかもしれないが、テレビ自体が、身内ネタのように感じた。

 

ほとんどがどっちでもいい

何を食べたいかという質問もそうだが、どっちがいいというものはほとんどがどっちでもいいと思う。

二択であり、私の選択で、相手が食べたい方を取れなければ、悲しむと感じてしまう。

相手もどっちでもいいのであれば、本当にどっちでもいいという状態だ。

ほとんどのことが、どっちでもいいと思っていて、選択する時に少しでも迷ったなら、それは必要のないものだと思っている。

これは、いらない。これは、食べない、飲まないと決めることで、そのどっちでもいい状態の選択を狭めることができるので、楽ができる。

 

家族との関係

家族との関係が、昔から分からない。

育ててくれたことに感謝をすべきだが、家族の考え方や価値観を聞くと、血のつながった他人というものがしっくりくる。

相手の外見を批判する人間は程度が低いと思っていると、それに家族が当てはまった時に、私は、がっかりする。

私の考え方は、ほとんどが本で、経験を元に修正がされている。

家の人の考え方に染まっていたら、何も嫌に悩む必要もなかっただろう。

だが、それを感覚的に拒絶していたから、家族というものに気持ち悪さを感じてしまうのかもしれない。

相手を変えるよりも、自分を変えた方がいいという言葉が染み入ってくる。

私の中での家族は、ただ同じ家にいる他人で、損得なしに助け合うものだ。

相手の気持ち悪さに反応をしている自分が、なくならない。

 

うさぎの病気

うさぎの部屋に行くと、足元を8の字に回るのだが、空中で変な動きをして、飛んでいる姿を見た。

初めは、可愛いなぁと感じていたが、もしかして病気なのではないかと思い、癲癇やうさぎの病気を調べていた。

その間もうさぎは、おかしな飛び方で、足元を激しく動き回っていた。

私は、検索結果を見ると、しゃがんでウサギを撫でた。

どうやら、うさぎは、テンションが上がると捻りジャンプというものをするらしい。

 

綺麗な嘘より汚い本音

昔の人というのは、本音が汚ければ汚いほど、いいものだと思っているのかと感じた。

肌が白いというもの=不健康だったり、いっぱい食べろと言い、痩せてると病気になるぞと、適当なことを言い出す。

学びの欲を捨て、科学を捨て、古い迷信にしがみつく。

私は、なぜそれが嫌いなのかというと、押し付けてくるからだ。

ファンデーションで、シミを隠す年代に対して、不自然な白さが気持ち悪いという人間を私は白い目で見ている。

好きでやっていると信じればいいではないかと、常日頃思う。

 

相手は好きでやっている

無駄なことが、目につく性格の私は、なぜこんなにも無駄なことをやっているのかと感じることが多い、そこで、こうすればとっても相手は聞く耳を持たない。

相手に、押し付けたくないので、相手は好きだやっていると考えるようにした。

好きで、大食いをし、好きで夜更かしをし、好きで高級車を乗る。

この人は、脳に操られているなと感じる時期があり、1万年前の人間の脳と今は変わらず、当時はこうだったから、あなたはこれをしていると考えている時もあった。

相手が好きでやっていることではなくて、なんとなくやっていることというものを辞めさせたくて、言っていた。

だが、その考え方も本を読まなければ、聞いたことがないようなことが多いので、私は自分が楽なるものを選ぶことにした。

相手は、それが好きでやっていると信じる。

好きは正義だと思う。生きるために好きなことがあると思っているから

 

賢いアピールは若さの象徴

少し賢いことを言って、周りの大人たちを驚かせようと思っていた期間が、二年ほどあった。

その期間は、誰にでもあるのだと思う。

知らなければ損をすることをほとんどの大人が、知らないで生きているということを知った時に、私はかなり絶望した。

今は、情報が受け取りやすくなっているが、それはそれで、表面的なものを受け取る人が多くなっている。

過程を無視した結果だけを暗記して、表面的な物言いで、賢い人間を語っている。

中身が薄い人間は、すぐに分かる。

この人が欲しいものは、知識ではなくて、賢いというレッテルなのだと。

だが、目立つ人間は誰かしらの反感を買う。

そのことを理解した時にそのアピールを無理にしなくなるのかもしれない。

 

会話の平均値

人数が多いほど、会話の内容が平凡なものになってくる。

私の理想は、全員が知っている話題であり、全員が満足できる話題だ。

だが、親戚でない限り、難しい。

私にとっては、3人からは、大人数のようなものだ。

4人いて、2ペアずつの会話になってしまったら、4人いる意味がなくなってしま雨ように感じる。

同じ話題、平均的な話題を決めるというものを意識することはないと思うが、会話の取り合いをしている人を見ると、複雑な気持ちになる。

 

矯正

頭がいいと思っている人間が一定数いる。

だが、今後はAI技術によって、考える力も視力と同じく、矯正することができる時代だと思っている。

家柄や身分、知能、運動能力など様々なものが、均一化されていけば、格差は埋まるかもしれない。

だが、何もできなくなる。

 

SDGs

ミルワームはなんでも食べるらしい。

虫に生ゴミを食わせるのは、環境にいいのではと思った。

 

確証バイアス

私が、嫌いだと思っているものの情報を集めて、嫌いという感情を確実なものにしているような気がした。

そこまでくると、好きなもの嫌いなものが分からなくなってくる。

脳科学の本を読むと意味がわからなくて面白い。

本を読み終わると、自分の脳は自分ではないような気がする。

 

 

少数派という呪い

少数派はというだけで、生きづらさを感じるのは、性格が持っている特性がうまく結びつかないことで起こる。

国によっては、割合が違うので、自分の性格タイプが少しでも多い、国に行けばいくらか生きやすいかもしれない。

 

おわりに

気が沈んでいる時は、周期的にくると思います。

その周期を分析すれば、予測を行うことができます。

 

 


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