赤い花弁

「お彼岸」と、祖母に言われ、休みの母と3人で墓へと向かった。私は、家名が書いてある桶を探しそこに水をたっぷりと入れて準備を終え、祖母と母は庭に咲いた花を摘んでいた。庭を出て数分歩けば墓へと通じる階段が見えてくる。決して行きづらい場所にあるわけではなかった。
「マンジュシャゲが咲きそうだねえ」と祖母は道端にある彼岸花を指差していた。まだ蕾のままの赤い花はガードレールの下にあり、開花の時期を待っているようだった。母が祖母の言葉を拾い、何やら話をしているうちに墓へ着いた。墓には開花した彼岸花がいくらか咲いていて、祖母は「あれえ、マンジュシャゲが、いっぱい」と嬉しそうにしていた。
墓の水を交換し、そこに祖母たちは花を差していく。余った水を墓石にかけていくと、結構な汚れがあることに気づいた。来年になる前に墓石を綺麗にでもしようかと思いつつも、いい感じに付着した苔をどうすべきか迷っていた。石に付着した苔を見ると、時間を感じられ汚さよりも美しさの方が勝る。時間が経っていることが強調されるから自然と価値が高いような気もしてくる。ブラシで磨くほどでなくても、濡れたタオルか何かで拭き取るくらいで済ませようかと思っていた。箒を持ってきて、枝や墓石にかかった落ち葉を掃くのも楽しそうだと思った。
帰りに彼岸花の写真を撮ろうかと思ったが、ポケットに携帯はない。仕方ないから、掃除に来るときに写真を撮ろうと思った。もう10月になってしまうから、すぐにでも手をつけようと思った。
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