衝動的

昨日、明日、ジャズバーに行こうという話になった。つまり、土曜日にジャズバーに行こうということなのだが、その時の私は乗り気ではなかった。ジャズバーに行くためだけに家から1時間30分ほど離れた宇都宮に行くというのが、何だか無駄に思えたからだ。乗り気になれずにどうするか考えていると、ふと、今から行こうという話になった。つまり、金曜日、昨日の話である。そして、私は数分で準備を済ませ、ジャズの街へと向かった。
ジャズバーに行くのも、生のジャズの演奏を聴くのも初めてだった。20時から演奏があるということを聞いたのだが、19時には着いてしまい。空の店の中で飲み物を飲みながら待っていた。演奏の準備をしている奏者たちがいて、はじめてのチュウを軽く流したりしていた。キテレツ大百科のエンディングで私の好きな曲である。
演奏時間が近づくにつれて、客が店を満たしていく、その感じが何だか懐かしく思い、マスターと会話をしている奏者たちにも余裕が感じられた。
そして、演奏が始まった。私はジャズの激しさに息を呑んだ。音楽の奪い合いや、奏者たちの掛け合い。トランペットからピアノ、ドラム、ベースへ主役が移っていき、楽器でのコミュニケーションが交わされる。どうやら、奏者ごとのあいさつのようなものがあるらしい。ありがとう、どういたしまして、というリズムが奏者たち同士で交わされ、その時々でしか聴くことができない音楽が作られていく。
とてもいい経験だった。また、店に行くだろうなと思った。
今日、私は普通の日常を過ごしていた。祖父を誘いラーメン屋に行き、その後は今週あったことや文章をまとめたりしていた。カフェに行き、本を読もう。夜には「ほん怖」がやるらしいから、それまでには帰ろうかと思っていた。
何だか、急に花火が見たくなった。去年は見ていないし、見たいと思ったこともなかった。だからこそ、不思議な感覚だった。Xを見てみると、地元の花火大会があるという情報を見た。19時30分開始だとあった。雨が降ってきたが、花火はそのまま打ち上げられるだろうか、そんなことを思いながら、時間はあっという間に過ぎていった。
19時30分になってから、その地域周辺を車で走らせていた。一番良く見えるところで少しだけ見ようと思ったのだ。しかし、花火は見えなかった。どうやら、私が見ていた情報は昨日の話だったらしいのだ。しかし、私は花火が見たかった。ラーメンが食べたくなるような、寿司が食べたくなるような、そんな感じと似ている。遠くで音が聞こえたような気もした。ネットで花火大会を調べてみると、20分ほど離れた場所で花火大会をやっているという、私はその方向へと車を走らせた。遠くから聞こえる太鼓のような音が段々と近づき、山の影から花が咲いている様子を見た。私はその時心が晴れていくような気がした。もっと近くに行きたいと、そう思った。
私と同じ考えを持っている人が案外、多くいたのだ。田舎道には路駐した車がずっと並んでいる。満足のいく大きさの花火が見れるようになった時には数百台の車を通り過ぎた後だった。一度、車を止め、写真を取ろうと思ったのだが、後続車のヘッドライトが反射して綺麗な花火を撮ることができなかった。ふと、目の前に小道を見つけた。ちょうど、花火の方へと入っていく道だった。そこには車が一台もおらず、光もなかった。私はその小道に行くべきだと思った。
道路が砂利道に変わり、その道はマップには載っていなかったため、先がどうなっているのかが分からなかった。車が方向転換できなくなってしまったらどうしよう。そう、思いながらも、確実に大きくなっていく花火の音に私の期待は膨らんで行った。どんどんと狭くなっていく道を進んでいくと、そこには私が期待していた光景が広がっていた。暗闇の中に大きな花が咲いていた。視界を占める花火の大きさは私が望んでいたものに限りなく近かった。
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