老猫

私の脳内

久しぶりに会った猫は、骨をそのまま皮が包んでいるように見えた。浮き上がった肋が縦に線を作り、痩せ細っていた。目には、目やにが溜まっている。歳をとると食欲がなくなるのだろうか、食欲が衰退し身体が小さくなっていく様子を見ると、胸が針で刺されたようにちくちくと痛んだ。
10年ぶりだろうか、一度、私の家でその猫を預かったことがあった。私は猫を飼ったことがなかったが、憧れのようなものがあった。祖父は障子を破られることを嫌い、家の中で動物を飼うことを嫌っていた。猫はいたずらをしたりなどしなかったが、座敷の中を自由に歩き回る猫を見て、いいなと思ったことを覚えている。

猫はゆっくりと私に近づく。私のことを覚えているのかは分からないが、頭を私の方へと近づけてきた。右手を頭に乗せてみると、小さな鳴き声と共に手のひらに頭を擦り寄せてきた。伝わるのは毛の柔らかさと、毛の奥にゴツゴツと感じる頭蓋骨の感触だった。去年の夏、猫は一年後に生きていけるか分からないほど弱っていたらしい。だが、元気を取り戻し、こうして生きることができている。
これから先、長くは生きられないかもしれない。もしかしたら今日、撫でるのが最後になるかもしれない。生き物を飼う責任の最後には看取ることが含まれているだろう。ペットが死ぬのは辛い、でもそれ以上の体験をすることができる。私の家にいるうさぎも、あと何年生きることができるのかが気になってしまう。せめて、たくさん撫でてあげたい。ペットは撫でられるために生きているのだから。

 

 


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私の脳内

Posted by yuuya yamaguchi