夏は虫が湧く

水筒の水を飲もうと蓋を開ける。黒いプラスティックの表面、口の周りに白い点があることが気になり、私はそれをじっと見ていた。どこか、見覚えがあるような気がしたのだ。じっと目を凝らしていると、それらの白い点は僅かながら動いており、私はそれがコナダニであることを思い出した。去年、家の物置きで発生していた。老眼の祖母に何を言っても、見えないと言われ。なんだか、私が精神に異常をきたしているような気持ちになったことを覚えている。
水筒についているということは、水筒が置かれていた場所に発生しているのかもしれない。そう予想し、家に帰った時に確認すると、やはり、調味料が置かれた場所に無数のコナダニが這っていた。私は集合体恐怖症ではなかったが、背筋が撫でられる感覚と共に、腕の表面に何かが触るような感覚を感じた。私は自身の健康が脅かされるような危機感を感じ、すぐさま作業に取り掛かった。
いつまでも物をとっておく家族に腹が立つも、こうして私のように気になる人間の方が悪いのではないか。という疑問を抱き、そしてやはり、使わないものをいつまでも溜め込む人間が理解できないという結論に至る。頭の中で考え事をしていると作業が捗った。私は黙々と調味料の容器を確認し、分別し、中身を確認し、中身を捨て、容器を洗い。と、物を減らすための準備を繰り返していた。そうやって、容器を洗って、捨てる準備をしていると、物事がひとつずつ片付いていくようで、とても気持ちが良い。2年前のコショウにはびっしりとコナダニが付いており、中身は容器の型に沿って固まっていた。使えるかもしれないという考えがあるから、こうして使われずに物理的な空間が侵食される。そして、それがやがて心理的な負担になるのだと思う。そして容器を水道にあけた。次に辛い物には近寄らないだろうと、一味唐辛子の容器を開けるが、砂が動くように一味唐辛子が波を打っていた。その様子に懐かしい気持ちになるも、一味が動くほどの虫がその中にいるわけだから、捨てる判断が容易に済んだ。
作業している私に祖母が「綺麗にしてくれてんの」と、どこか他人事のような言葉をかける。虫が湧いているのだ。ダメになったものをいつまでも置いておくから、こうなるのだと。言ったが、祖母は「この時期になると、虫が発生する」と言い。自分には非がないという意思を表明していた。私は物置に怪しげなタッパーが置いてあることを思い出した。蓋を開けると、薄緑色のカビが視界に飛び込み、それが味噌であることには後から気づいた。祖母にそれを突き出した。これは、あなたが放置しているものだと。こういうものを置いておくから虫が湧くのだと。そういう意味合いを込めて、タッパーを渡した。捨てていいかと言った私に「後でばあちゃんがやる」と言った。私のその言葉を信じなかった。祖母がタッパーを掴むと、案外強い力で引かれた。私は離さず、それを外に持っていくといった。祖母は75歳になる。長生きをした方がいいと思ってはいるが、遺品整理をした後の綺麗になった家を想像すると、魅力的に見えた。
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