人は、いつでも逃げたい。

注意がどこにも向いていない状態の時、それになると深いブルーのような気持ちになる。その感情の名前は知らないが若い人間特有の感情であって欲しいと強く願っている。なぜなら、それをこの先、何十年も抱えたまま生きたくはないからだ。そういった希望的観測を持って、今日もブルーに生きている。
具体的にいつ、それを感じるのか。私にもよく分かってはいないが、例えば夜中に急に目が覚めて中々寝付けない時に寝ることを辞めた時から始まることもある。例えば、仲間たちとワイワイしている時、トイレに立ち鏡を見ている時に感じる時もある。私は楽しんでいるのか、私は満足しているのか、私はこの先満足することができるのか、いわば、それは将来への不安感からくるものなのかもしれない。
そして、それを回避するために何かで気を紛らわせようとする。何となくではあるが、誰かに怒られないために嘘をついて、隠したりすることに似ているかもしれない。根本的な問題を謝罪で解決できるわけではないのに、形式上のそれを相手が求めていて、私もそれが筋であると分かっているのに、意味がないと感じてしまい、結果、逃れるための言い訳を考えている。言い訳を考えて時間を作れば、根本的な問題を解決する何かを見つけることができるかもしれないと信じて、思いつくままに言葉を垂れ流す。
私は子供の頃、よく先生に怒られていた。家に電話が掛かってきて、さらに親にも怒られた。その時もごめんなさいという言葉が嫌いだった。友達と喧嘩をして、それによって巻き込まれた大人にわざわざ言いたくなかったからである。嫌いな人間とは関わらなくていいという考えであったため、友達100人作ろうと言っている学校がよく分からなかった。怒られて、時間が無駄に過ぎていき、どちらかが折れるまで続く。今の私はすぐに謝って、時間をかけないようにしているが、子供の頃は絶対に謝らなかったし、酷いことをしてごめんで済ませるのも許せなかった。
ブルーな気持ちがいつ頃、私の中に定着したのかは分からない。昔からあったのかもしれないが、ずっと奥の方に沈んでいた。表面に出てきたというよりかは、私がそれを掘り出したのかもしれない。知らなくていいものをわざわざ掘り出したのは、自己理解の一環のようなものだと思う。良い部分、悪い部分をただ知りたいという好奇心に近いのかもしれない。出会ってしまったら、今度はそれがずっと付き纏ってくる。きっと、誰の中にもある。気付かないふりをしているか、上手く付き合えているのかは分からないけど。
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