秋田旅行day3 最終日の出来事

私の脳内

秋田旅行の最終日、朝飯は7時からだから、6時半には起きて準備をしていた。最終日は8時に、徒歩5分の場所にあるバス停に来る田沢湖行きのバスに乗る予定でいたから。50分にはチェックアウトを済ませておきたかった。乳頭温泉郷から田沢湖駅、そして田沢湖駅から角館へ行く。角館を15時には出たかったので5時間の観光時間を確保するため、10時に角館に着くようにと練った計画だ。だが、2日目の夕食時に宿泊者と話をし、鶴の湯、そして田沢湖駅まで車で乗せて行ってくれると言っていた。その男性は酒に酔っていたから、万が一忘れていた。ということを念頭に置いていたのだが、朝食の席で再度、乗せていくと言われて安心した。その男性は時間通りに玄関に着き、事前に車を暖め、雪を降ろしていた。これ、と言って渡された名刺には、外科と書いてあった。途中、男性の母親から電話が来て、車の中に母親の声が響いていた。私は私的な会話を聞き気まずかったが、早く会話を終わらせたい男性と、息子を心配する母親の会話が、どこにでもある構図でそれがとても面白かった。息子が何歳になろうと母親は母親なのだろうと思った。最後に母親は「まあ、ぼちぼちやれよ」と言って電話を切った。
田沢湖駅で別れた後、男性は宿に戻り仕事をするようだった。誰かと行く旅というのはその誰かと会話をすることが多いが、一人旅というのは必然的に知らない人との会話が生じる。それが醍醐味なのだろうと思う。

角館につき、武家屋敷通りを歩いた。桜が咲いていたらきっと綺麗だろうと思いながら、武家屋敷通りに植えられたシダレザクラを見ていた。武家屋敷通りには今でも生活をしている子孫たちがいて、〇〇家という門が続いている歴史的な場所だった。私は、一般公開されている河原田家、青柳家、石黒家を見てきた。
昔の家というのは、一見ただの畳の部屋に見えるが、部屋ごとに役割を与えている。夫婦の部屋、若い夫婦の部屋、家族の部屋、客専用の部屋。部屋ではなくて、間なのだが、客が来ない時は基本使わない。偉い人専用の玄関があり、それは主人でも使うことができない。と、厳格なルールがあった。今ではそのようなコスパの悪いことはしないと思うから、歴史を感じる。石黒家は今でも子孫が住んでいて、偉い人専用の玄関は今でも閉じられたままになっている。

どの屋敷も、中に巨大な蔵があった。そこに武器や書物が置かれたりしている。青柳家では兜を被れる体験があり、刀を持つこともできる。それぞれの家の歴史が角館にどういった影響を与えてきたのかを知ることができる。

角館には新潮社記念文学館というものもあり、新潮社の創設者の出身にもなっている。武家屋敷のサムライは芸術的な才能を持った人物が多く、宮沢賢治と学生時代に同じだったという話もあった。

受付にいた女性が私の地元の出身であることに驚いたり、宿泊者の息子が私の知っている場所に住んでいたり、地元から離れても、何かしら地元との繋がりが感じられるというのも旅の醍醐味なのかもしれないと思った。

 

 


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Posted by yuuya yamaguchi