私の信仰対象 好きな人はいますか?いましたか?

こんにちはゆうらいふです!
頭痛がする時に紙に書き出すとスッキリする男です。
少し、語らせてください。
皆さんには、好きな人がいますか?いましたか?
私には、現状、好きな人はいませんが、たまに頭をよぎる存在がいます。
話は、変わりますが、皆さんには好きなアイドルや女優はいますか?
私の中での、好きというのは、顔を知っていて、名前を知っていて、何の作品に出ているのか、それを知っているだけでも十分好きという部類に入ります。
私は、洋画が好きなので、
ナタリー・ポートマンとか、レア・セドゥとかですかね。
映画監督や、男性俳優、吹き替えであれば、声優。
知っているというだけで、テンションが上がります。
嫌いな芸能人がいる訳ではありませんがマイナス方向の嫌いという感情は無限に感じます。
大食いをすごいと思ってみている人もいれば、私のように食べ物を無駄にし、吐き気を我慢しながら食べていると考えてしまい、不快と感じる人もいます。
それと、旬の俳優や女優を使って、視聴率をとりに行く、コンテンツが何だか好きになれません。
私の中では、好きというもの以上に、嫌いでなければ良いという考えが強く働いているのだと思います。
席替えで、好きな人の隣を願うのではなくて、苦手な人の近くは嫌だと願っていました。
席替えでは、後列に人気があるので、目が悪いといって、最前列の端を狙いなるべく、確率を減らすということをしていました。
当時の私はそれくらい、重要でした。
好きな人の話題に戻しますが、私にとってのその人の存在は、私の生きる原動力に近かったのかもしれません。
信仰対象のようなものです。
彼女のことを過大評価をするのは、彼女が今、どこにいて、何をしているのか全く分からない状態にあるからです。
彼女は、優しくて私のくだらない話に毎回耳を傾けてくれました。
子供の頃から近い存在でしたが、実際に好きになったのは中学に入ってからです。
同じクラスだったので、授業中に視線が、勝手に彼女の方へ向き、移動教室の時は、同じグループになると、喜ぶという、恐らく、どの男性も経験したことのある、あの状態です。
今、会ってみたいなという興味の反面、会うべきでないと思っている自分がいます。
今現状は、彼女はどうなっているのか知りません。そしてどうなっていようとかまわないと思ってしまいます。
無責任な考えかもしれませんが、そもそも責任などありません。
幸福な彼女が、この世界に存在している。
不幸にな彼女が、この世界に存在している。
この世界に存在しているのであれば、どちらかの状態になっています。
思春期の不安定な心は毎日悲鳴をあげていました。
学校で、彼女と話せば、それが飛んでいってしまう。
私が、生きるための原動力として彼女を頼っていましたし、当時は彼女に不釣り合いだと思い、成長を心がけていました。
もちろん、当時は、成長をしているなんて思っていませんし、今だからそうだと解釈をしているだけです。
小さい頃に見たテレビ番組のワンシーンがずっと忘れられないように、彼女のために頑張るということが、私の本質に響いたのでしょう。
彼女を原動力として、成長をする。
それが、全ての始まりだったのかもしれません。
今では、何かを燃やしている訳ではなく、ただ成長を求めています。
悪い言い方をすれば、彼女を利用して、自分の成長に繋げたといったところでしょうか。
ですが、生きることが辛い毎日に生きる希望となり、彼女のために成長をしようと考える。
生きていて、成長をする。
一人の存在が、そこまでの影響を与えてくれたと感じています。
とても、都合の良い考え方かもしれません。
失恋をして、そこで終わった方が良かったかもしれませんが、私には、どちらにも踏み切らずに中途半端になっていると思います。
それを、自分が成長できたからいいと解釈しているだけです。
彼女のことが好きでいながら、彼女がいた時もありました。
もちろん、長続きする訳でもなく、つまらないものでした。
好きなものが、分からないと考えている私ですが、自分の中の特別な席に彼女を座らせ続けているのかもしれません。
今でも、分かりません。
生きることと成長することに都合が良かったという考えが強くなっていると思うと、記憶に刻まれている彼女が薄くなっていきます。
ここまで、書いてきましたが、皆さんにも後悔のようなものが残るほど、気になっていた人は、いるのでしょうか?
少なくとも、私は彼女から良い影響を受けたと思っています、感謝もしています。
感謝をしなければ、都合の良い過去を作ることができません。
作り変えることのできない過去が、積み重なることは辛いです。
その辛さに耐えることができなくなり、解釈を変えました。
彼女と過度に仲良くなっていたら、成長を止めていたのかもしれない。
今の方が良いと思えるくらいに何かに打ち込んでいれば、もしこうなっていたらという別の並行世界に打ち勝てると思っています。
後悔が残らないくらいに打ち込め、それは、変えられない過去に戻って、選択をやり直すのではなくて、同じ選択をした先にある未来を変える方法です。
今でも、夢に見たり、考えたりするほど、私は重症です。
そして、彼女が頭をよぎるたびに私の中で、頑張るぞと考えます。
私の好きな人は、彼女の記憶を元に私の中で、永遠に生き続けると思います。
複雑ですね、好きだったから度々思い出すのに、私は、後悔をしたくないという思いが、原動力になっている。
今、会ってしまったらその炎が、消えてしまう気がします。
だから、会わない方が都合がいいですよね。
好きな人は、皆さんにとって、どんな存在ですか?
私の好きな人は、私の学生時代に死にました。
そして、私の信仰対象として、生きているのだと思います。
考えをまとめるとそんな感じだと思います。
ハッピーエンドは、昔から好きではありません。
そこで、終わりではなくて、そこから始まっていくから。
バッドエンドに惹かれるのは、始まりそうなのに終わってしまうから。
始まることを望んでいるのに、それを終わらせたがっている。
私は、重症ですね。
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