第三十八回 個人的な今週のエッセイ R6.12/29-R7.01/05

お品書き
今年の目標
とりあえず、今年の目標を書いていこうと思う。
3月9日にある世界遺産検定2級に合格する。
10月にある宅建に合格する。
小説を完成させる。
世界遺産を学ぶと、歴史を学ぶことができるので、創作活動に良いのではないかと思って、なんとなく始めたが、宅建は正直ゲーム感覚で、私の知り合いがやるというので、一緒に勉強をするだけだ。小説の勉強は難しく、私のような性格は、全体像を知った上で自分なりの法則を見つけようとするので、なかなか先に進めない。
『東武ワールドスクエア』という世界遺産の25分の1のミニチュアがある施設があり、そこに行ってみると、世界遺産の知識が流れるように出てきた。
頭に知識が入っている感覚は分からないが、その知識が共鳴し、シナプスの結びつきが強化されるような感覚があった。
私は、目標を立てるのが苦手なので、毎日何かをやり続けることしかできない。
去年まで行っていた瞑想を今年からまた、始めたいと思っている。
運動は、歩くだけで良いので、ランニングマシンを使いながら本を読む時間を作ろうと思っている。
筋トレは好きなので、風呂に入る前に懸垂と腕立てをしようと思っている。
私が筋トレを行っている時にどうなりたいとかは考えておらず、とりあえずやっていれば、成果が出ると思っている。
ただ歩くだけでも、歳を取った時に歩ければ良いと思っている。
そんな、毎日の積み重ねをまた、コツコツをしていこうと思う。
昔の知り合い
昔の知り合いに会うことは、気分が高揚すると思うが、それと同時にめんどくささを感じる時がある。
年が明け、私が小学生の時の同級生の母親に久しぶりに会ったのだ。
私は昔から寒がりだった。
小学生の時の私は、野球の試合の時に寒さから外野で背を向けて守るような子供で、風がある時は常に震えていた。
野球に興味があったわけではなく、他の人も野球をやらされているのだろうと思っていた。
強制的に部活に入らなければならないし、父が野球の経験者だったので、自主練をさせられることも少なくなかった。
私は、野球が好きではなかったが、父の機嫌を損ねないために自主練をしていた。
当時の私は、それが普通だと思っていたし、息子としての義務を果たしたかったのだと思う。
野球の技術は上がったが、熱はなかった。
最後の試合で、悔し泣きしている同級生に笑いながら、励ましの声をかけた時に鋭い視線を向けられ、私はチームスポーツが嫌いになった。
私は生きているうちに自分が分かってきた
「私は興味のあることにしか、熱を注げないのだ」
「私はかなりこだわりが強く、めんどくさい人間なのだ」
そんな、興味のない野球をやっている姿しか知らない他人との会話はかなりつまらないものだった。
過去の一部分でしか、関わりのない人間が、その時の私を懐かしがったとしても、私にはどうも、他人の話をされているようにしか聞こえなかった。
そもそも、人は変化するものだ、その人にどこが変わっただとか、いうのは面倒だ、やはり、過去の知り合いというのは、めんどくさいものだ。
年末ジャンボ
年末ジャンボを初めて、買った。
結果は、3000円が当選していた。
私は、パチンコを初めてやって時も少しだけ勝つことができたし、運がいいと言われることがある。
大きな運を使うのではなくて、小さな運を吐き出すようなタイプだ。
よく、宝くじでは、欲がない人が当たると聞くが、私が大金を当てたとしても使い方は、決まっている。
車には興味がないし、服やブランドにも興味はない。
本が好きなので、本棚と、本を買うかもしれないが、100万円あったとしても、本は安価なので使い切ることはできないだろう。
富を増やすものは何か?
そんな質問に対して、努力が必要、コツコツ働く、才能と答える人は、お金というものを分かっていない。
富を増やすのは富なのだから。
よく聞くのが、宝くじを当てた人は、当てる前よりも不幸になるということである。それは、お金の使い方を知らない人が富を得たからだ。
1億円を投資に回せば、金利3%で、年間300万円が入ってくると言われるこれを若いうちに行うことをFIREというのだが、それを分かっていないと、お金がいくら必要かも、何に使えばいいのかも分からずに振り回されてしまう。
私が欲しいものは、物ではなくて、自己実現の欲求なので、お金で近道することはできても、買うことができない。
だから、その時間を稼ぐために1億円を運用することが得策だろう。
自分のためにお金を稼ぐのであれば、効率がいいことをした方がいいし、お金よりもやりがいを求めるのであれば、金銭にこだわる必要はない。働きたくないのであれば、お金の働いてもらうために早めに資産を築く必要があるし、お金を稼ぐのに飽きたのであれば、それ以外の趣味を見つける必要がある。
お金は時間さえあれば、勝手に増えていく物だと、私は思っているので、いかに金がかからず、満足できる趣味を見つけるかが鍵になってくる。
そしてそれは、いつしか、自己実現のための道具になると思う。
小説家思考
なぜ、小説家が最強なのか。
それは、小説家にとって日常とはネタの宝庫であるが故に、事故がポジティブな意味を持ってしまうことにある。
隣の席の会話がうるさければ、その会話を参考にしてもいいし、自分の感情が強く振れることがあった時も、そのトリガーを掴むことができる。
「所詮、小説のネタ」であるのだ。
所詮、小説のネタだと考えていると、日常から緊張感がなくなり、現実味も薄れていく、フィクションを見せられているようなので、気持ちが軽くなる。
どんなにやばい人がいようとも、その人たちは強烈な小説のネタなのだから、ストレスではなくて、知的好奇心を満たすための道具になる。
故に小説家は最強である。
日常は、所詮、小説を書くためのアイデアに過ぎないのだから。
かける
川は、激しくうねり、岩肌で勢いを殺しながら、加速しては、減速を繰り返し、大きく下っていた。
1m以上はあろうかと思える、大きな岩の上に登り、流れを目で追いかけていると、何かが飛び跳ねたような気配がした。
男は、その飛び跳ねたであろう場所を目視するが、何も写らない。
男は決心をし、大きく振りかぶり、その場所めがけて力一杯竿を振りかざした。
それが、幻か、現実かを確かめるために
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