週末の唄 第十四回 個人的な今週のエッセイ R6.7/14-7/21

こんにちは、ゆうらいふです。
大雨が来るとテンションが上がりますが、基本的に日差しが強いので、冷房の効いた空間からは出られませんね。
お品書き
U-NEXTウィーク
1ヶ月無料トライアル期間を有効に使いたい私は、観たいと思っていたそして、それぞれ評価されているの映画を調べあげた。
カルト的な人気を誇る作品、幾つもの賞を受賞した作品などがあるが、正直なところ、どの映画がおすすめなのかというのは、誰も分からない。
それは、誰かが盲信的に面白いと思うからである、おすすめする明確なわけをわざわざ説明しない。
その人の好みが入るので、いくつかのシーンに一目惚れを起こしたのだ。
多くの星が付けられていても、有名というだけで見もせずに嫌いという烙印を押してしまう場合もある。
(ちなみに、私はそれで後悔する時がある。)
なので、なぜその映画に共感したのかを書いていきたいと思う。
共感と書いたのは、人が面白いと感じる時というのは、強い共感を感じているからだと思うからだ。
では、初めていこう。
U-NEXT おすすめ
- 『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
ちなみに。この映画タイトル「アングリーインチ」とは
性転換手術をするも失敗、「1インチのブツ」が残ってしまったことから来ている。
母親に名前とパスポートをもらい、アメリカに移ることになるのだが、そこで組むバンド名が「アングリーインチ」となっている。
この映画のモチーフにベルリンの壁が出てくる。
ヘドウィグが国を渡った後、壁が壊され、西と東ドイツが一つになるのだが、壁を挟んで男と女で分けて語られる。
この作品の中には、「愛の起源」と呼ばれる哲学の話が出てくるのだが、人間は昔、男男、女女、男女の三種類いたという話が出てくる。
XX、YY、XYだ。
人間の力を恐れた神が、それぞれ半分にし、男と女で分けた。
それ以降人間は、自らの完全な半身を求めるという愛の話だ。
壁が壊されて統一されたドイツだが、好きな男に振られ性転換も失敗したヘドウィグは、西でも東でもない状態を彷徨っていた。
そして、あるきっかけにより、ヘドウィグは自身の中に答えを見つけることになるのだ。
この映画のテンポが良く、ヘドウィグの表現の仕方が逸材だった。
元々は、ミュージカルで公演されていたものらしいので、音楽もかなり出てくる。
ヘドウィグの苦悩は、私には分からないことだと思うが、彼女が魅力的な人間だからこそ、分かりたいと思うのかもしれない。
愛だったり、自分探しといったものに興味のある方におすすめしたい。
余談だが、『ザ・ボーイズ』のスピンオフ『ジェンブイ』に出てくる。
バイジェンダーと呼ばれる。性が二つあるジョーダン・リーという人物もかなり共感した。
中国人の父親を前にわざと女性の姿になったり、意地悪に見えるがとても繊細で仲間思いの一面も持っている。
ジョーダン・リーを見るために『ジェンブイ』を観るのをおすすめしたい。
- 『キング・オブ・コント』
この映画を知っている人は、多いのではないのだろうか?
簡単なあらすじは、妄想癖のコメディアンが、番組関係者を誘拐し、番組に出演するという話だ。
この映画で出てくる言葉で、お気に入りのセリフがある。
「どん底で終える人生より、一夜だけの王になりたい」
主人公が、人質に対していった言葉であり、この映画のテーマである。
この映画で、主人公は有名なコメディアンに自分のネタを観るように懇願する。
だが、そのテープは、誰にも観られることはなく、適当な相手をされてしまうのだ。
面白いからテープを観てくれと、自分のできることまではやったが、その先の自分には、変えることのできない、相手の行動に繋がらなかった。
本気で挑んでいる自分の熱意が、相手に伝わらないというのは、主人公にとっての怒りに直結したのかもしれない。
実力があれば、チャンスを掴むことができるが、そもそも運がなかったのだ。
この前半の流れは、運を掴めなかったコメディアンとして描かれる。
だが、このブラックコメディの面白いところは、そこで諦めなかった主人公だ。
自分の尊敬するコメディアンに幻滅した主人公は、テーマの通り、計画を立てるのだ。
テレビ局に行き、人質の命と引き換えに自分を番組に出せというのが、条件であり、テレビが放映されたことを確認できれば、人質は解放し、自身の身柄も拘束されることを約束した。
彼は、チャンスを手に入れたのだ。
いつ、訪れるのか分からないチャンスを誘拐によって得たのだ。
自分を信じ切り、全てを捧げるという思いが、最高だった。
伝えたいことが伝われば
誰かと会話する時、どの程度まで詳しく説明するだろうか?
説明文を読むように会話をする人間は、珍しいかもしれない。
言葉が少なすぎて、相手が誤解をしてしまったということもあるかもしれない。
実際は、自分の伝えたいことを伝えようとしても、なかなか相手には、伝わらない。
説明文が足りなかったわけではない、私は、説明書をほとんど読まないが、困ったことなど、手で数えられる程度だ。
逆に伝えようとしていないのに短い仕草や声色で伝わる時もある。
人がコミュニケーションをとっている時、相手のわずかな息遣いや、表情、仕草、言葉、目に見えて、聞こえてといった情報を頼りに相手の気持ちを察したいという気持ちが湧く。
これは、文字や映像という現実世界とは異なる世界にすら共感してしまう人間の共感力の強さといってもいい。
だが、相手を理解しようとする人だけではなくて、自分の解釈を相手に押し付けて、相手を悪者にし、自分を正当化するといったことをするのも人間だ。
疑われることが死と直結していた、名残だろう。
私は、相手がどう受け取っても、面白ければいいと思っている。
正しく伝えたい人や、短く伝えたい人がいると思うが、どう伝わったかによって、相手の中にある。
ザルのようなものを通過した気になってしまう。
生きていくうちに身についた考え方というのは、そうそう消すことはできない。
その無意識に触れることができるから、伝えることにあまり気を使っていない。
好きな人間
頑固そうな人間が、潔く改心した時に快感を覚える。
頑固そうというのは、私の勝手なイメージで、今までの行動の集大成である。ちなみに話を聞かない頑固な人間は、苦手である。
石像を動かそうとするように、莫大な労力を消費するが、そもそも動いてくれるかすら定かではない。
どんなに説得したとしても、相手が動いてくれる保証はない、誰もが合理的に判断できるわけではなく、何かを守っているからだ。
それは、伝統かもしれないし、自分の意地かもしれない。
そんな、石像のような人間が、自ら歩き出した時に私は、感動する。
達成感、その人物の頭の柔らかさ、気持ちの調和。
何かが、繋がったような気がするのだ。
そして、その繋がるというものを拒まれた気がするから、頑固そうな人間に苦手意識を持っているのかもしれない。
初めて、この特性を魅力的に思えたのは、宮崎駿の『ナウシカ』の絵本シリーズに出てくるチャルカという土鬼の僧侶だ。
人物の性格は読んだ方が伝わると思うので、漫画を読む機会があった時に思い出してもらいたい。
魅力的に見える人物というのは、観察すれば山ほどいる。
それに気付き、自分が何に反応しているのか、何を学べるのかを観察してみるのも勉強になる。
居留守
2人組のおばさんが家に来た時に祖母の友達が来たのかと思った。
だが、祖母は留守だし、祖父だったら知っているかもしれない、そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
「ごめんくださ〜い、こんにちは〜」
居間では、祖父がテレビを観ており、テレビの音は聞こえたのだが、祖父は耳が遠いので、気が付いていないようだった。
私は、葛藤した。
祖父に教えるか、でもなんか面倒だし、嫌だ。
何回か、挨拶した後に諦めた女性2人組は、そのまま玄関を出て車に戻りそうだった。
私は、存在を消すことに神経を集中し、椅子が軋む音一つにも気をつけた。
私の部屋は、玄関にいる人が見える位置にあるのだが、「ウチョウラン」という花を飾っており、花に光を当てたくて、カーテンを少し開けておいた。
すると、外から、花が綺麗、かわいいという言葉が聞こえた。
カーテンの隙間から私の姿を見ていたとしたら、居留守していたのが、バレてしまう。
私は、PCを使っていたのだが、文章を書くことに集中し、僅かな音すら耳に入らない人間を演じた。
耳にイヤフォンは、ハマっていなかったが、これでいけると確信していた。
実際にそういった人を見れば、納得するだろう。
そんなメチャクチャな理論を掲げ、足音が遠ざかっていくのを確認すると、音を立てないように扉を開け、祖父に人が来たと伝えた。
窓越しに女性たちを見ると、祖父は、宗教の人間だといった。
砂が動いていた
ミルワームの箱に砂が付着していた。
床材を敷いた時に、箱に付着してしまったのかと考え、ティッシュで拭き取る。
ほとんど脱走していなかった成虫もなぜか、箱の外に出ている
なぜだろうか。
そして、分かった。
虫が、外に出ていたのは、箱の内側にざらざらとしたものが付着していたからである。
そして、その砂のようなものは、蠢いており、砂に見えたがそれは、小さな虫の集まりだったのである。
コナダニという虫であり、0.3mmほどの虫
私は、使われていない部屋の隅に箱を置いておいたのだが、その蠢きは、近くの鍋や、テーブル、床の隅など、様々なところに見つけた。
箱だけではなく、その部屋全体にコナダニが発生していたのだ。
日当たりの悪い部屋で、風通しも悪いことが原因だった。
気持ち悪かったが、箱の中に蠢いている私の虫と、砂のようなコナダニの違いがほとんど分からなかった。
どちらも集合していて、どちらも小さい。
しいて言えば、目を凝らさなければ見えないことだろうか。
何が怖いかというと、我が家の老眼持ちには、この蠢きが見えないということだ。
私が携帯で動画を撮らなければ、何も知らないで、生活することだった。
恐怖症に似たような感覚を味わったので、皮膚の上を何かが触るような感覚だったり、小さなものが動いていないか確認したりするようになってしまった。
夏に発生しやすいというので、風通しや日当たりが悪い部屋は気をつけてほしい。
もしかしたら、どこかにいるかもしれない、、、。
ちなみにコナダニは、熱湯が苦手らしい
今日は大量虐殺を行なった。
汚いもの
汚いと、気持ち悪いと少しでも感じてしまったら、全てを警戒してしまいたくなる。
できれば、今までのものを全て焼き払い、新しいものに交換したいと思ってしまう。
汚いものをあげれば、キリがない。
汚いというのもどれくらい汚いかといった数値で見ているわけではないので、0か100かで見てしまう。
もしかしたら、コンビニで手を洗わずに商品を手に取り、やっぱやめたといって戻す人もいるかもしれない。
考えたら、考えた分だけ汚いものが増えてしまう。
無菌室で、自分の内臓を取り出し、丸洗いしたいといった表現が出てくる小説がある。
普通の汚れに対しては、時に何も感じないのだが、先日の砂だったり、細かい粒だったりを見た時は、目を凝らして見てしまう。
動かないことを確認すると、やっと安心することができる。
首の付け根を羽で撫でられるかのように神経に電気が流れる。
だが、その気持ち悪いと思っている気持ちが新鮮に感じて、何度でも見に行ってしまう。
いつか愛着が湧くのだろうか。
いつか、、。
負けヒロイン
負けヒロインとは、主人公に片思い的な感情を抱くも、それが成就することはなく、主人公の幸せを願うといった立場をとるようになるヒロインキャラである。
映画でもアニメでもそうだが、負けヒロインに抱く気持ちというのは、同情なのか、愛情なのかがいつも疑問に感じる。
主人公との関係を望んでいるキャラクターを私たちは、応援し、どんな展開になるのかを予想すると思うが、明らかに主人公からの熱意を感じないキャラというものもいる。
選択肢から一つを取らなければならないという宿命を背負っているからこそ、条件を見て、選択をするわけだが、負けヒロインというのが、どうも好きになれない。
主人公に媚を売っているような態度が気に食わず、主人公への気持ちの弱さだったり、何もかもがヒロインよりも劣っている。
そして、何よりも主人公の気持ちを惹く場面で同情を誘ってくるのだ。
私は、それが許せない。
もしかしたら、かわいそうという気持ちから何かが始まるかもしれないが、かわいそうで始まった関係といのは、かわいそうで終わるのだ。
同情をしたくないのかもしれない。
なぜだろうか、疑問が残る。
男女の違い
『嘘つき男と泣き虫女』という本をご存知だろうか?
男性と女性の脳の違いから分かる考え方の違いを書いた本で、なぜ、男女でこうも違うのかという疑問を解消してくれるとても面白い本だ。
例えば、男性がアドバイスをするのは、直面する問題を解決する能力が優れているから起こることで、女性の話に脈絡がないのは、結果ではなくて、過程に重きを置き、関係性を重視しているからと書いてある。
アメリカでは、口うるさい妻に夫が耐えられずに殺してしまったという事件が、年間2000件以上発生している。
この本の中には、男女の悩みを解決する話がかき集められているのだが、中でも面白いジョークがあったので紹介する。
『たった一個の受精卵を作るのに、どうして精子が400万個も必要なの?ーどの精子も道を聞こうとしないから』
男は、自分で問題を解決したがる生き物なのだ。
空間認知能力が高いとされている、つまり、男性の得意分野で力を発揮するチャンスだ。
得意分野で力を発揮する、そのために生まれてきたようなものが男だ。
だから、道を間違ったことをしつこく追求すれば、男のプライドは傷つけられ、去勢されたようになってしまうだろう。
ちなみに、女性でも男性脳はいるし、男性でも女性脳はいる。
夢は自分の作品
自分の深層心理、自分の望んでいるものが頭の中に描かれるのだから、つまらないわけがない。
いわば、自分専用の映画のようなものである。
たった5分間の二度寝でもしっかりしたストーリー
時間は存在しないのだと思う。
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