生活において実行できる小さな改善点は何ですか ?

小さな改善で大きな成果を得られるのは、考え方を変えることだと思います。
一つ紹介します。
私は、テレビのコンテンツを下らないものだと思っているので、その雑音が頭に入ると
『ああ、私の脳細胞が、また少しずつ死んでいく』
などと考えてしまいます。
こめかみに熱を感じ、今すぐにでもその雑音を自分の世界から消してしまいたいと思います。
それは、私にとってテレビを見ているということは、脳死状態だと見下しているからだと思います。
与えられたものを何も考えずに見ている姿が、私には恐怖でしかなりません。
ですが、テレビを好んで見る人もいますよね。
なんでもそうですが、他人の考えを理解できないと突き放すのは愚かなことだと思います。
極論を言えば、極悪人とでも心を通わすことができる。
それが、私の考え方の基盤になります。
みんなと同じように笑えばいい
頭ではそう考えていても相手とそれを共有している時に大きな苦痛を感じます。
そんな考え方をしていますから、生きづらさを感じることが多いです。
治そうとしていますが、自分を曲げることを極端に嫌う性格なので慣れることができません。
気の合う人間と好きなことを共有していればいいと思いますが、気の合う人間というのもなかなかいませんね。
私は一人でいることが大好きで孤独を苦痛に感じないので、運が良かったと考えています。
一人が嫌いな性格だとしたら無理をしてまで誰かといるという選択をしていたかもしれないので、さらに大きな生きづらさを感じると思います。
私が、脳死状態を嫌うのは、生きている感覚がしないからです。
与えられた餌を黙って食べるように。
与えられた脳への直接的な刺激に依存していると思ってしまいます。
餌を食べることは、呼吸と同じですね。
生きることは、呼吸をすることではなく行動することだといった人がいました。
目の前に突き出されたものではなくて、自分が本当に望むものを選びたい。
だから、好きが分からない私にとってそれは、とても長い道のりでした。
好きなものと中毒は似ていると思います。
私は、砂糖を依存性の塊だと思っているので、自分がお菓子を好きだと思うことはありませんし、料理を食べていても美味しいと感じることがありません。
美味しいと思うのは、中に入っている成分が直接脳に語りかけていると思っているので、味の感想くらいしか思いつきません。
なぜ、砂糖まみれの飲み物を好み、こんなにもつまらない番組を見るのか。
私は、他人にそういった考えを持つことに違和感を感じています。
私にとってのその考えは、相手の好きを否定することになるからです。
好きというのは、私の中で正義です。
インディビジュアリズムという考え方があります。
個人主義の一環で、
私は、あなたを尊重します。だから、あなたも私を尊重してください。
といったものです。
私は、自分のやっていることをとやかく言われることが嫌いなので、相手のやっていることを尊重するようにしています。
相手が非効率なことや意味の分からない行動をしていても少し観察してから話しかけます。
それをやることでいいことがあるのかを聞いて、なんとなくやっているのであれば、効率の良い方法を教えます。
仮にも相手が、こだわりを持ってやっているのだとしたら、相手のやり方を尊重すべきです。
相手を尊重することは、黒い考えを消せる
最初に話した通り、生活の中で行える小さな改善点は、相手を尊重する考え方を持つことです。
人生の問題のほとんどは、人間関係で起こります。
であれば、人間関係を改善することは人生の問題を解決することと同じです。
そして、相手を尊重するには、好きは正義だということを考えます。
私にとっては、意味のないことだと思っていてもこの人にとっては重要なことなのかもしれないと考え。
その考え方に納得がいくまで、想像を膨らませます。
それは、事実と異なることでも構いません。
相手の考え方を尊重できる人間になるためにさまざまな本や映画から考え方を吸収しているのかもしれません。
考え方を知ることは、ノイズキャンセルと似ています。
自分の頭に浮かび上がった黒い解釈を反対の解釈で打ち消す。
結果的に理解をするということが自分を救うことにつながると思います。
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