その表情を知っている。

私と女は初対面のはずだった。いや、確実に初対面のはずだ。私は人に興味はないが、自分が過去に属していた組織の人間の名前くらいは見れば思い出す。言葉をほとんど交わしたことがなくても、その漢字の羅列を見ればいつ、どこで関わったのかを思い出す。
だから、その女の親しげな表情を見たとき、その女は勘違いをしていると思った。私はその女の名札に記された漢字の並びに何かを感じず、私は自分の直感を信じているから、やはりこの女は私を誰かと勘違いしているのだろうと思った。もしくは何かの集まりで会ったことがあるのかもしれない。だがその場合、私はやはり人に興味がないわけだから、同じ組織に属していない人間の名前など覚えるはずもなく、やはり他人ということになる。
そんな他人なのだが、その女の表情を妙に懐かしく感じた。私はこの違和感を文字にしなければならないと思った。
どんな表情をしていたのかを表すのはかなり難しい。笑っていた。という簡単な表現では人の表情は表すことができず、口角が上がっていたとしても目はこちらを見据えていて、というものであれば相手はただの愛想笑いをしているだろうし、表情を崩し、文字通り腹を抱えながら笑っていたのなら、それがその人の純粋な笑いということになる。だから、具体的に私がその女の表情をどんなときに見たことがあるのかを考えてみることにした。
人との関係を作り始めたとき、相手の良いところばかりに目が向くと思う。何ヶ月もすれば嫌な部分も目につくはずであるが、まずは相手との共通点であったり、相手の趣味が自分と同じだとか、そんなことで人は関係を深める前の段階に入る。そしてそれを薄い関係だと私は思っている。
例えば、ほとんど初めて話す人間がいて、その人間が私の友達から私の噂を聞いているという状態。「あの人は面白いよ」と、聞いていて、そして、たまたま関わる機会が巡ってくる。
私側からみると関わる人間を笑わせてやろうという気が強かったから、どんな堅物であってもその核心を掴んでやるという、いわば研究のようなことをしていた。そこへ、新しい人がやってくる。その人は私の友人を知っているようで、初対面の緊張感を感じさせない表情をしていた。友人の友人という状態であるからきっと警戒心を失っているのかもしれない。だから、笑いの段階に入る前に必要な、手順(自分と相手の価値観を合わせる)を省略することができた。
という前提があり、実際、何度も笑わせることに成功するとする。ある程度慣れてきた頃、私たちは完全に友人の関係を作ることに成功する。
相手は私が面白いことを言う直前の空気を感じ取れるようになった。今から言うぞ、というあからさまな雰囲気を私が出すと、相手は私のことを期待のこもった視線で見つめる。
という表情だった。
私は中学生のときは、明るい性格をしていたから人を笑わせることが好きだった。そのときに見たあの表情に酷似していた。少なくとも私のことを知っている人にしかされたことのない表情だった。
他人の作る表情を見て懐かしさを感じるなんて、と思ったが、私は案外ちゃんと相手の表情を覚えていたということに驚いていた。自暴自棄になっていたときは日常などどうでもいいものだと思っていたから、些細な幸せに触れることができて私は満足だった。
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