何から元気をもらえますか ?

気分がスッキリしたり、心が晴れたりしたら
それは、元気をもらったという合図だと思います。
きっかけは様々です。
誰かとの会話で不意に笑ったり、ペットを愛でたり、美味しいものを食べたり、、、。
私は虫を飼っているのですが、最初は気持ち悪くてもだんだんと可愛いと思えるようになってきます。
素手で触るのはまだできませんが、見ていて飽きず、そして元気をもらえるのが生き物の飼育だと思います。
私が飼っているのは、ミルワームなのですが、彼らが餌に群がり、気がついたら餌がなくなっているというものを見ているとなんとも不思議な感覚になります。
食欲に魅せられているからでしょうか。
それと、虫は自死を選びません。
どんな環境であれ、種の保存を最優先で考えています。
時には、共食いをし、合理的な選択を選んでいます。
少し怖いですが、遺伝子に組み込まれたプログラムが正常に動いているだけなのですぐに慣れてしまいます。
私が元気をもらえたことで今でも覚えていることは、虫が虫を助けていたことです。
箱の中を見ていると、ひっくり返った個体を目にしました。足をばたつかせ、元の正常な体勢に戻ろうと奮闘していました。
私は、そのうち戻るだろうと放っておきましたが、次に見た時にも同じ場所で恐らく、同じ虫が足をばたつかせていました。
細長い棒を伸ばして起き上がらせると、その虫はすぐさま歩き出して行きました。
起き上がれなければ、餓死してしまうのではないか。
そんなことを考えていると、甲冑のごとし頑丈な外骨格がやけにおかしく思えたことを覚えています。
そして、またもや同じ状況に出会しました。
棒を伸ばして助けようとすると、虫が近寄ってきました。
その虫は、頭を器用に使うと起き上がれない虫を起き上がらせたのです。
私は、その時、鳥肌が立ちました。
虫同士が協力しているとは到底思えなかったからです
虫は痛みを感じないものだと、機械のようなものだと思っていましたが、虫にも性格のようなものがあり、生きているのだと初めて実感しました。
棒で押さえつけた時の抵抗は、痛がっている証拠だと思います。
痛みを感じなければ、筋肉が緊張したりすることはないと考えているからです。
そして、虫に対しての価値観も変わりました。
部屋に入ってきた虫は、ティッシュで潰さずに丁寧に外に返してあげたりといったことです。
虫であれ、人であれ、何かを慈しむというのは、自分の心が綺麗になっていくような気がします。
子供のような純粋さでしか、虫は生きているなんて考えません。
いつからか、動いているだけの気持ちの悪いものという認識になってしまったものたちから元気を貰えたというのが、大きなことでした。
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