一番幸せなのはどんなときですか ?

お腹が空いてなくて、寒くなくて、悲しい気持ちになっていなければ、それは幸せだと思います。
空腹や寒さを感じた時にそれを無くしたいという欲求は、生理的な欲求に分類されますが、生理的欲求が満たされると、今度は、その一段階上の欲求を感じるようになります。
よく、映画などでまずはお腹をいっぱいにしようという、セリフがあると思います。お母さんのようなキャラクターが、場の緊張感を和らげるためにそういった言葉を言いますが、それは、案外、当たっているものです。
欲求というのは底がなく、満たされれば、次が現れ、また、次へと繋がっていきます。
生理的な欲求が第一段階で、それよりも上の問題があったとしても、個人が第一段階を満たせていなければ、その上の問題など、関係がないことです。
欲求の話をしましてが、欲求を感じない時が幸せなのかといったら、そうとは言えないと思います。
そもそも、幸せを探している時点でおかしいのです。
幸せと聞いた時に私が考えるのは、道端に落ちている石であったり、ゴミを連想します。それは、幸せというのが自分では認識しづらいものであり、多くの人が見過ごしていると思っているからです。
何気ない日常でも、他の人からすれば、満たされているように思えます。しかし、幸せを高望みしているからこそ、小さな幸せを見過ごしてしまうのではないかと思います。
自分の不安が吹き飛んでしまうような雰囲気の中で、何も不安を感じない時。
それが、、幸せなのではないでしょうか?
ペットを飼っていると、本能的な仕草から、満足している様子を伺うことができます。
満たされないないからといって、イライラしたり、人に当たったりしても意味はありませんよね。
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