無作為に誰かに行った親切な行為について書いてください。

綺麗事を並べると基本的には親切な行動をとるように心がけています。
理由は親切な行動をとるかとらないかで迷うというのが嫌いなのと、親切な人間が増えて欲しいと願っているからです。
私は無駄なことが嫌いなのですが、他人に親切を働くことは無駄ではないと思っています。
自分が得をするとかではなくて、自分が親切を働いた時に満足感を得られるからです。
私は、他人のことを笑わせた時に気持ちが高まるのでほとんど自己満で親切を働きます。
裏があって親切を働く時というのは、かなり違和感があります。
見返りを求めず、相手の笑顔を見ることができたというだけでいいと思います。
そして、無駄なことが嫌いと言いましたが、他人のことを陥れようとしたり、意地悪をすることは時間の無駄だと思います。
普通に考えたら、自分の評価を上げようとするよりも他人一人を陥れた方が、効率がいいです。
自分の評価を上げて得をするのは自分ですが、誰か一人が犠牲になれば何人かが得をすると考えているからです。
それは、社会の中で利益をめぐる戦いのようなものかもしれませんが、根本的には遺伝子を残す確率をあげるといった本能からくるものではないかと考えています。
でなければ、意地悪をするという行為は淘汰されているはずです。
お金の関係があるから、人の行動だったり思考、親切というのは制限されるのではないかと思います。
もっと、人の関係性が重要視されるようになれば素敵だと思います。
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